東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域のうち、福島県大熊町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示が解除された30日、拠点内の熊地区に自宅がある伏見明義さん(71)は新たな生活への一歩を踏み出した。マイホームを新築した約3カ月後に原発事故が発生した。避難先で結婚し、今は夫婦でJR大野駅の清掃業務に励む。「大切な”故郷”での再スタート。帰還した人たちに玄関口の駅がきれいだと思ってもらいたい」。作業に熱が入る。
伏見さんは30日も妻の照さん(69)と駅の清掃に励んでいた。駅舎2階から眺めると、駅前には警戒活動に向かう警察官や消防団らが並んでいた。午前9時、防災無線から避難指示解除を伝える放送が聞こえた。「復興が進んだ」。目の前に広がる光景を写真に収め、感慨に浸った。
相馬市出身。幼少期に小児結核で町内の県立大野病院に入院した。大野小と大野中の分校で、入院中の子どもが学ぶ養護学級に約8年間通った。30歳を前に知人の誘いで大野病院の用務員となった。町民になり、定年まで30年余勤めた。
退職後の2010(平成22)年12月、大野駅近くに自宅を新築した。だが、翌年3月に発生した原発事故で避難を余儀なくされた。避難先の田村市で2013年に照さんと知り合い、2年後に結婚した。2019年に町内大川原地区の避難指示が解除されると、地区内の災害公営住宅に一緒に引っ越した。自宅への帰還を見据え、生活を始めた。
約2年前から町の委託事業である大野駅の清掃業務に従事している。復興拠点の整備に伴い、駅舎から見える光景は日々変化した。思い出の景色は消えつつある。「寂しいけど町が前に進んでいる証し」と前を向く。
清掃業務の傍ら、自宅に少しずつ荷物を運び入れ、年内にも帰還する考えだ。30日も夫婦で家に戻り準備を進めた。「わが家に自由に入れるのはやっぱりうれしい。夫婦でゆっくり過ごしたいなあ」。2人で見つめ合い、ほほ笑んだ。