処理水海洋放出計画を巡り、福島県だけでなく、隣接する茨城県の県民からも「放出反対」の声が相次ぐ。風評発生を防ぐには「国民的な理解と安心感の醸成が欠かせない」との指摘も上がる。茨城県内の事業者らの現状や思いを探る。
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水揚げされたばかりのシラスがコンテナに詰められ、次々と建物に運び込まれていく。日差しを浴び、きらきらと銀色に輝く。
いわき市南部地域に接する茨城県北茨城市の大津漁港。同市の漁師鈴木清司さん(31)は残暑が続く8月下旬、シラスの水揚げ作業に励んでいた。「新鮮な旬の魚を味わってもらいたい」と力がこもる。一方で、先行きへの不安が拭えない。約70キロ離れた東京電力福島第一原発で来春にも、放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出が計画されているからだ。
「(福島沖と茨城沖で)海はつながっている。放出が始まれば茨城県産の魚介類のイメージが悪くなり、また売れなくなってしまう」
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大津漁協によると、茨城県産の魚介類も福島県産と同じく「常磐もの」として全国に流通している。主要魚種はシラスやヒラメ、アンコウ、メヒカリなど。漁協関係者は「福島とほとんど変わらないよ」と話す。
農林水産省の統計では、茨城県産の海面漁業産出額は原発事故発生後、約3割減った。2012(平成24)年以降は徐々に回復し、近年は漁獲量増加に伴い事故前を上回っている。
ただ、食用のほぼ全ての魚種を対象とした放射性物質サンプリング検査は現在も続いている。茨城県によると、廃止の議論には至っていない。県の担当者は「魚介類の安全性を気にしている消費者は多い。処理水の海洋放出も予定されているのでなおさらだ」と事情を説明する。
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茨城新聞社が今年夏の参院選に合わせて茨城県内の有権者を対象に実施した世論調査の報道によると、処理水海洋放出に「反対」と答えた人は回答者の44・3%に上り、「賛成」の35・5%を上回った。「分からない・無回答」は20・2%。年齢・性別では、特に若年層と女性で放出に慎重な傾向が見て取れた。
大津漁協の坂本善則専務は、福島県沖と茨城県沖の海に県境はないとし、「処理水を海洋放出すれば茨城県産にも風評被害が発生する」と主張する。国などが科学的に安全だといくら情報発信しても、それが消費者に広く伝わり、安心感が醸成されなければ買い控えが起き、取引価格が落ちるとの見方だ。
原発事故発生後、風評被害に長年苦しめられてきた経緯を振り返り、「ようやくここまで来たんだ。死活問題であり、消費者の安心感が担保されない現状での放出には反対だ」と語気を強めた。