東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受けた浜通りに新たな産業基盤を構築する国家プロジェクト「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」が工場立地の追い風となっている。避難区域が設定された12市町村に浜通り3市町を加えた15市町村で2013(平成25)年から2021(令和3)年までに計247件が新増設され、福島県全体では計621件となった。各地で雇用が生み出される一方、労働力の確保が課題だ。
震災と原発事故発生後に福島県が創設した企業立地補助金など手厚い補助制度が企業の立地や工場の新増設につながった。新たに進出した企業の分野は化学や金属製品、生産用機械など多岐にわたる。浜通りでは福島ロボットテストフィールド(南相馬市・浪江町)、福島水素エネルギー研究フィールド(浪江町)を中心に集積が進む。福島県は8年後の2030年までに15市町村の新増設件数を計529件に倍増させる目標を掲げている。県全体も現在の2倍以上に増やしたい考えだ。
一方、福島労働局が8月に公表した7月の福島県内有効求人倍率は1・40倍。地域別では相双が1・54倍で最も高く、9カ月連続で福島県内全ての地域で1倍を上回った。福島県は震災の被災者を雇用した企業への助成金支給、福島県内と首都圏での就職相談窓口の開設を通して人材確保を目指しているが、人手不足の抜本的な解決には至っていない。
地域に立地している工場の生産規模の大きさを表す製造品出荷額は福島県全体で見ると好調だ。経済産業省などの統計によると、震災と原発事故発生直後の2011年はそれ以前の水準の約8割の4兆3209億円に落ちたが、2014年には震災前と同水準に回復した。最新の2019年統計では5兆890億円で全国22位。電気機械や生産用機械などが主な業種となっている。1999年以降の統計では、福島県が東北地方で1位を維持している。ただ、福島県に次ぐ宮城県との差は1999年に1兆6千億円程度だったが、2019年には5千億円程度まで縮まった。
今後、県内ではイノベ構想の重点地域である双葉郡の出荷額の回復が期待される。2019年は301億円で震災前の3割以下だった。15市町村の1兆5201億円のうち、約2%にとどまっている。原発事故による帰還困難区域が依然として郡内の面積の約4割を占めていることが要因の一つとみられる。進出企業の研究開発段階にある事業を実用化させるための支援が求められる。
浪江町に進出した縫いぐるみ型の人工知能(AI)介護用ロボット開発「富士コンピュータ」(本社・兵庫県加古川市)の森和明社長(71)は「福島県による研究開発費補助が進出の決め手となった。被災地の産業発展に向け、事業継続や雇用拡大のための支援を拡充してほしい」と訴える。
政府は16日、イノベ構想の司令塔機能を担う福島国際研究教育機構の本施設の立地場所を浪江町に正式決定した。浜通りに企業を呼び込むだけでなく、福島県内の関係機関や企業、教育機関などとの広域連携をどう実現させ、福島県全体の産業振興に結び付けていくかが問われる。
新産業分野に精通する野波健蔵千葉大名誉教授(73)は「構想の実現に向けては、進出企業と地元企業の連携が重要になる。県は交流を促進するための事業をさらに強化し、県内全域の活性化につなげるべきだ」と指摘した。