東京電力福島第1原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出を巡り、政府と東電は春から夏ごろの海洋放出開始を目標に掲げる。直近の各種世論調査では放出に伴い風評被害が発生すると考える人が国民の大多数を占めた。放出反対の声は依然として根強く、政府、東電が果たすべき国民の理解醸成にはほど遠い。専門家は理解や合意を得るための努力が不足しているとし、「『日程ありき』で断行するべきではない」と指摘する。
◇ ◇
6日、経済産業省の大臣室。西村康稔経済産業相は「処理水放出『風評起きる』93% 全国世論調査」との新聞記事を見つめ、「こうならない(風評が起きない)ようにするのが私たちの役割だ。(理解醸成などの)対策を加速する」と強調した。
同日、内堀雅雄知事は県庁で開いた定例記者会見で今後の対応を報道陣に問われ「政府が一丸となって万全な風評対策を講じるよう求めていく」と従来の見解を示した。
日本世論調査会が1~2月に全国の男女3千人を対象に行った世論調査と、福島民報社が福島テレビと共同で今月実施した県民世論調査ではいずれも、海洋放出に伴い「大きな風評被害が起きる」「ある程度起きる」との回答が合わせて9割を超えた。
県生活協同組合連合会の佐藤一夫専務理事は「国は安全性の発信に努めているのだろうが、結果的に国民の安心感は醸成されていない。一方的に突き進む乱暴なやり方が、不信を招いている側面もあるのではないか」と調査結果を受け止める。
国民の理解が広がらない中で放出が始まれば、風評被害が起き、販路減少や価格低下につながる―。漁業をはじめ、県内のさまざまな業界の関係者は不安を抱く。県内漁協の幹部は「政府と東電は『関係者の理解なしにいかなる処分も行わない』と約束している以上、現状で放出開始は許されない」と訴える。
◇ ◇
政府は1月、関係閣僚会議を開き、海洋放出開始の目標時期を「春から夏ごろ」とする方針を確認した。しかし、理解を得たかどのように判断するのかは明確になっていない―との指摘もある。
いわき市の団体職員木村亜衣さん(43)は、理解が醸成されたと確認できていない状況で放出開始への手続きを進める政府の姿勢に不信感が拭えない。「現状での放出は受け入れられない」
本県の復興政策を研究する大阪公立大の除本理史教授は「政府や東電による理解醸成や合意形成に向けたプロセス(過程)が不足している」と指摘する。
政府、東電の取り組みは「大衆は科学的情報が欠如しているから説明してあげよう」という「欠如モデル」と呼ばれる考え方が根底にあると説明。処理水問題はさまざまな受け止め方をする人がいるとし、「相手の価値観を尊重しながら丁寧かつ対等に議論しなければ理解は得られない」と語った。