東京電力は24日午後1時ごろ、福島第1原発の放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出を開始した。東電は大量の海水で薄めた処理水のトリチウム濃度を測定し、1リットル当たり1500ベクレル未満(国の放出基準の40分の1)とする放出計画の基準を大きく下回る最大63ベクレルであることを確認したとして予定通りポンプを起動した。政府は国際原子力機関(IAEA)による包括報告書などを踏まえ国内外で一定の理解を得たと強調し、新たな風評を懸念する漁業者らの反対を押し切る形で30~40年とされる海洋放出に踏み切った。政府の海洋放出方針決定から2年余り。廃炉工程は新たな段階を迎えた。
東電は24日放出分の処理水のうち約1トンを海水約1200トンで希釈して大型水槽にため、トリチウム濃度を測定。午前10時ごろ、放出基準を大きく下回る1リットル当たり最大63ベクレルだったと発表した。原発構内の免震重要棟の遠隔操作室などで作業員計7人が対応に当たり、午後1時3分、ポンプを起動させ放出を始めた。処理水は海底トンネルを「人が歩くスピード」(東電担当者)で流れ、沖合約1キロ先で海中に拡散した。
希釈用のポンプが止まったり、放射性物質の値に異常を検知したりした場合、緊急遮断弁が作動し放出を停止する。東電は放出後1カ月間、沖合3キロ圏内の計10地点の海水を毎日採取し、トリチウム濃度を公表する。初回の測定結果は25日夕ごろに発表する予定。
初日は容量約千トンの保管タンク1基の5分の1に相当する200~210トン程度の処理水を放出した。今後は1日当たり処理水約460トンを放出し、17日間かけて計約7800トンを流す。東電によると、原発構内には約134万トンの処理水がタンク約千基に保管されている。今年度は約30基分に当たる約3万1200トンを4回に分けて放出する。ただ、原子炉建屋への地下水流入などで処理水の元になる汚染水は日々発生しており、実際に減るのは約10基分にとどまる。
東電の試算では、放出は福島第1原発の廃炉完了まで30~40年続く計画だ。だが、廃炉の最難関とされる溶融核燃料(デブリ)の取り出しは困難が予想され、デブリがある以上は処理水も発生し続ける。放出が試算通りに完遂できるかどうかは現時点で見通せない。
24日の放出開始後、東電の小早川智明社長は報道陣の取材に「廃炉が終わるまで風評を生じさせない、県民や国民の信頼を裏切ってはならないとの強い決意と覚悟の下、実施主体としての重い責任を自覚して対応する」と強調。30~40年かかるとされる廃炉の実現可能性を問われると「簡単にギブアップしていいものではない」と述べた。
県漁連関係者によると、小早川社長は放出開始前にいわき市の県漁連を訪れ、「今まで大変な迷惑をかけ、風評被害など心配をおかけした。誠心誠意対応します」と謝罪し、幹部らに頭を下げたという。
■安全安心が確実に担保される体制を 内堀知事
処理水の海洋放出開始を受け、内堀雅雄知事は24日、「長期間にわたる取り組みが必要で安全性の確保が大前提。東京電力は廃炉と汚染水・処理水対策の実施者であるという意識を常に持ち、安全や安心が確実に担保される体制を構築すべきだ」との談話を発表した。
「処理水の問題は福島県だけでなく、日本全体の問題」と改めて強調し、「政府一丸となって万全な対策を徹底的に講じ、今後数十年の長期にわたろうとも、最後まで全責任を全うしてほしい」と訴えた。
県としては海域モニタリングの強化による安全の確保に取り組むとともに、市町村や関係団体と連携して今後の動向を注視していくとした。
■反対変わらない 県漁連会長
県漁連の野崎哲会長は処理水の海洋放出開始を受け、文書で「漁業者・国民の理解を得られない海洋放出に反対であることはいささかも変わるものではない」とする声明を公表した。
漁業者や国際社会への説明などを通じて「科学的な安全性への理解は深まってきたことも事実」とした一方で、「科学的な安全と社会的な安心は異なるものであり、科学的に安全だからと言って風評被害がなくなるわけではない」と指摘した。
「原発事故以前のように安心して漁業を継続することが唯一の望み」と強調。「『漁業者に寄り添い、必要な対策を取り続けることを、たとえ今後数十年の長期に渡ろうとも全責任を持って対応する』とした岸田首相の約束を確実に履行していくことを強く求める」と結んだ。