安心の判断それぞれ 除染の有無、住民を分断【復興を問う 帰還困難の地】(20)

2020/08/18 10:00

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三春町の工房で角材を削る大槻さん
三春町の工房で角材を削る大槻さん

 「木に触ると気持ちが落ち着くんだよ」。東京電力福島第一原発事故により三春町恵下越(えげのごし)の災害公営住宅(恵下越団地)に避難している葛尾村野行(のゆき)行政区長の大槻勇吉さん(71)は毎日のように、団地敷地内にある工房「夢工房葛桜(かつろう)」を訪れる。

 フクロウの木彫り人形やダルマを作る。材料は葛尾産のイチイやヒノキだ。葛尾村復興交流館あぜりあで販売している。工房の椅子に腰掛け、体重を掛けてノミで角材を削る作業に没頭する。

    ◇  ◇

 原発事故前は林業に従事していた。幼い頃から自宅周辺の森に親しんで育った。地元の中学を卒業後、浪江町の材木店に就職した。修業期間を経て、三十代半ばとなった一九八五(昭和六十)年ごろに独立した。

 双葉地方の山林で働いた。樹木を伐採し、搬出する。小型のチェーンソーを片手にはしごで木に登り、地面から五、六メートルの高さまで枝打ちをする。「山仕事一本で生きてきた」。一人で森に分け入り、木に向き合う仕事に誇りを持っていた。作業を重ねる中で厚みを増した手のひらは、野球のグローブのようだ。

 二十数年前、東電福島第一原発敷地内で森林の伐採作業を手掛けたことがあった。敷地は広大で、原子炉建屋は見えなかった。原発に対するイメージは良くも悪くもなかった。「まさか、あんなことになるとは、誰も思っていなかったからな」

 その原発で未曽有の事故が起きた。双葉地方の森林が放射性物質で汚された。仕事を失い、古里に住めなくなった。

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 野行行政区では現在、特定復興再生拠点区域(復興拠点)の整備が進む。村は二〇二二(令和四)年春ごろの避難指示解除を見据え、野行集会所の隣に宿泊施設を整備する。行政区が主体となり、住民が祭礼などを催していた愛宕神社を集会所敷地内に移設する。地区に伝わる「宝財踊り」を後世に残そうとする動きもある。村や住民は地域の営みを消さないよう努力を重ねている。一方、拠点外については葛尾村内で飯舘村のように復興拠点とともに一括解除する「特殊事例」を目指す動きはない。

 大槻さんは時折、自宅のあった場所を訪れる。周囲を見渡すと、汚されたまま手つかずの森林が目に入る。「国は拠点内を除染すれば帰還できると判断するのだろうが、安心と感じるかどうかは人それぞれだ」。帰還困難区域となった行政区全域を除染しなければ「帰る」「帰らない」で住民の分断を招きかねないと懸念する。

 木彫りのフクロウには、福が来るように、早く帰れるように、との願いを込めている。「元の場所で普通に暮らせるようになりたい」。ノミを持つ手に、力が入る。