
政府は福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想を国家プロジェクトと位置付け、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故で甚大な被害を受けた浜通りで新産業の創出を目指している。最先端の技術開発に取り組む企業の集積が進む一方、県内で構想の認知度は高まっていない。多くの県民や県内企業が関連事業に携わるためには、効果的な情報発信が構想実現の鍵を握る。
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イノベ構想では研究開発拠点を各地に整備し、先端産業の集積につなげる。国内外の英知を結集した技術や、人が立ち入れない環境で役立つロボットを開発し、福島第一原発の廃炉を現実にする。情報通信技術(ICT)やロボット技術を生かした新たな農林水産業も確立させ、浜通りの基幹産業を再生させる方針だ。持続可能な社会の実現を見据え、再生可能エネルギーの普及にも取り組む。
イノベ構想に基づく研究開発拠点は次々と供用が始まっている。中核施設となるロボット研究開発拠点「福島ロボットテストフィールド(ロボテス)」(南相馬市・浪江町)は昨年春に全面開所した。水素製造実証拠点「福島水素エネルギー研究フィールド」(浪江町)、日本原子力研究開発機構(JAEA)楢葉遠隔技術開発センター(楢葉町)などと合わせ、世界に誇る技術開発を進めている。
南相馬市のロボテスの研究室には、災害対応の小型無人機(ドローン)や廃炉作業を担うロボット、新たな交通手段として期待される「空飛ぶ車」などを開発する二十団体が入居している。
ロボテスを中心とし、既に三十を超えるロボット関連企業が集積した。ロボテスに隣接する南相馬市復興工業団地には、固定翼ドローン開発のベンチャー企業「テラ・ラボ」(本社・愛知県春日井市)など三社が工場の新設を決めた。三社とも地元での新規雇用に前向きな姿勢を示しており、地域経済の再興が期待される。
いわき市の新常磐交通は水素で走る燃料電池バスを東北地方で初めて導入し、昨年四月から市内の路線バスで使っている。福島水素エネルギー研究フィールドで作られた水素の利活用も考えている。浪江産の水素は東京五輪の聖火台の燃料、選手村の休憩施設の発電でも活用される。
ロボテスの周囲に集積した産業の経済効果を全県にどのように波及させるかが焦点になる。施設の運営を担う福島イノベーション・コースト構想推進機構の掛川昌子企画戦略室長(43)は「構想の推進により県内各地の企業にもメリットが生じるという点を企業関係者に伝え切れていない」と課題を挙げ、「展示会や体験会で施設の機能や取り組みをアピールし、研究室の入居団体とのマッチングを促進することで、構想の成果を県内に広げていく」としている。
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政府はイノベ構想の中核施設として浜通りに国際教育研究拠点を整備する。
対象の自治体の多くが誘致に意欲を見せる一方で、県民がイノベ構想に寄せる関心は高まっていない。県が昨年十一月に発表した県政世論調査では、イノベ構想で知っている取り組みについて、23・2%が「特にない」と回答した。東北大を中心に福島学院大などが参加する研究グループが昨年四月に示した県民アンケートでは、イノベ構想について37・4%が「わからない」と答えた。
さらに、イノベ構想に基づく開発拠点は浜通りを中心に散在しており、拠点間の連携は乏しい。イノベ構想の認知度の低さにより、進出企業が販路を最大限に広げられなかったり、新規雇用を呼び掛けても採用に至らなかったりする懸念がある。このため、分かりやすい情報発信が必要となる。
イノベ構想の認知度向上に向けては、昨年九月に開館したアーカイブ(記録庫)拠点施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」(双葉町)で、取り組みの概要を紹介している。
昨年二月に発足した異業種交流組織「福島イノベ倶楽部」は、県内外の会員団体が交流会などを通し、産学官連携やビジネス創出の糸口を探っている。昨年七月末現在、製造業や金融・保険業、運輸・通信業など幅広い業種の七十七団体(県内六十九団体・県外八団体)が入会し、十八の大学や自治体が賛助会員となっている。
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進出企業と地元企業の取引関係が生まれるなどの明るい話題もある。成功事例を生かすことが重要となる。
南相馬市の中小企業などでつくる「南相馬ロボット産業協議会」によると、ロボテスの入居団体は大手企業が占めると予想していたが実際は創業して間もないベンチャー企業が多く集まった。部品製造などの分野で実績のある地元企業にとっては好都合で、じわじわと連携の輪を広げているという。
二〇一六(平成二十八)年六月に発足した協議会には今年一月末現在、本会員七十社、特別会員二十二団体が所属している。協議会の五十嵐伸一会長(65)=南相馬市原町区、YUBITOMA代表=は「取り組みは始まったばかり。協働の機会を生み、新たな産業をつくりたい」と意気込んでいる。