【ふくしま現在地】(8)「県産品」 安全性、着実に浸透 ブランド力高め風評払拭

2021/03/08 16:35

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県農業総合センターで行われた県産米の抽出検査。県内全域を対象に行われてきた全量全袋検査は避難区域が設定された地域のみに縮小された=2020年8月、郡山市
県農業総合センターで行われた県産米の抽出検査。県内全域を対象に行われてきた全量全袋検査は避難区域が設定された地域のみに縮小された=2020年8月、郡山市

 東日本大震災、東京電力福島第一原発事故発生から十年を控える今、県産農林水産物は徹底した放射性物質対策と検査で安全性を担保し、生産・流通関係者らの地道な努力を通して着実に消費者に受け入れられるようになってきた。農業産出額が原発事故前の九割超まで回復した一方で、価格低迷などの影響は依然として残っており、風評払拭(ふっしょく)や県産ブランドのイメージ向上を目指した挑戦が続いている。

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 水田は、カリウム肥料の追加散布や土壌の深耕・反転耕などを進めた。イネがセシウムを吸い上げないようにするためだ。全ての米袋をベルトコンベヤー式の検査器に通して放射性セシウム濃度を調べる「全量全袋検査」を徹底し、安全性を訴えてきた。二〇一五(平成二十七)年産以降は全てが食品衛生法の基準値(一キロ当たり一〇〇ベクレル)以下で、二〇二〇(令和二)年産からは県内の多くの地域で抽出検査(モニタリング検査)に移行した。

 関係者は検査結果に基づく安全性を国内外で粘り強く発信し、着実に理解が進んできている。消費者庁が都市圏の消費者らを対象に一月に実施した意識調査では、食品の購入をためらう産地に関する質問に対し「福島県」と答えたのは8・1%で、初めて10%を下回った。

 一方、原発事故発生後に他の産地と比べて価格が低くなり、現在も差が縮まらない側面もある。販売ルートを失ったり、流通過程で安く買われたりする状況が続き、価格が低いまま固定化しているとの見方がある。

 こうした中、関係者の県産ブランドの質の高さを広める努力が続く。県オリジナル品種として初めての高級米「福、笑い」は今秋から本格的に販売される。県内の農家が生産工程の安全性の担保となる認証制度「GAP」を取得する動きも活発化している。

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 原発事故で避難区域が設定された十二市町村では農業再生に向けた挑戦を重ねる。県によると、原発事故により十二市町村で計約一万七千二百九十八ヘクタールの農地が営農休止に追い込まれた。このうち営農再開にこぎ着けた農地は二〇一九年度末時点で全体の32・2%となっている。

 国や県は農業用の機械や施設の整備費補助などの支援策を用意し、再開を後押ししてきた。福島相双復興推進機構(福島相双復興官民合同チーム)は農家を戸別訪問して課題を洗い出した。

 ただ、人口減や高齢化に伴う担い手の減少など課題は多い。また、市町村によって営農再開率に差があるのも実情だ。農地の集約による経営の大規模化や、市町村の枠を超えた広域的な営農への転換が求められ、国や県はこうした取り組みへの支援を強化する。

 同機構が二〇一九年末までに十二市町村の農家に尋ねた調査によると、「営農再開済み」「今後再開意向」の合計は43%、「再開意向がない」「再開未定」は計57%となった。再開を望む農家をきめ細かく支援しつつ、新規就農者の参入をいかに促すかが鍵となっている。

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 本県の主食用米は、外食などで用いられる「業務用」の比率が六割超を占め、全国で最も高い。原発事故発生後に家庭用の比率が下がり、業務用の流通が増えた経緯がある。

 新型コロナウイルスの影響で外食業や観光業が打撃を受け、食材の消費が減った。今後も業務用の需要が伸び悩む状況が続けば、供給が過剰となり、価格がさらに下落する恐れがある。国や県などは飼料用をはじめとする非主食用への転換を後押しする制度を強化し、需給環境を改善する構えだ。

 湯川村でコシヒカリを栽培する兼子力さん(51)は二〇一八年に会社員を辞め、専業農家となった。高齢化が進み周辺の農家が減る中、地域の農業を守りたいと一念発起した。

 原発事故、台風、新型コロナ…。次々に逆風が吹いているが、決して諦めるつもりはない。「若い人に『自分もやってみたい』と思ってもらいたい。そのために、走り続けなければ」と前を向く。

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 県内の沿岸漁業は原発事故発生から十年となる二〇二一(令和三)年度から新たなステージに移る。県漁連は漁の日数などを制限して水揚げをする「試験操業」を三月末で終え、四月から新たな操業形態に移す方針だ。

 試験操業は二〇一二年に相馬双葉漁協がトップを切って開始した。放射性物質検査で安全性が確認された魚種の出荷制限が順次解除され、さらに漁の回数や範囲の増加に伴い水揚げ量も年々増えている。二〇二〇年は約四千五百三十二トン(速報値)となり、震災前年の二〇一〇年の17・5%まで回復した。二月末現在、本県沿岸ではクロソイを除く全ての魚種で出荷が可能となっている。

 県漁連は四月の本格操業開始を目指していたが、移行期間を設け、操業の自主的な制限を段階的に緩和していく見通しとなった。ただ、本格操業に移行後に水揚げ量が急に増えた場合、供給過剰に陥る懸念がある。県産魚介類の品質の高さと安全性をいかに広め、消費を拡大していくかが課題となる。

 福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水の処分の在り方が、本県の漁業に影響する可能性がある。県漁連は処理水の海洋放出に断固反対の姿勢を示し、議論を注視している。

 県内林業も素材生産量が回復基調にある。首都圏の駅や店舗などで県産木材を活用する動きが出てきている。