【ふくしま現在地】(10)「賠償の行方」司法の統一判断必要 手続きが長期化、救済阻む

2021/03/10 14:02

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 東京電力福島第一原発事故で県民は多くの損害を被った。避難指示で故郷を追われた人、職を失った人…。被害の内容は住んでいた地域や個人の事情で異なるが、これら被災者救済の柱になるのが「賠償」だ。ただ、東電との交渉が難航したり裁判外紛争解決手続き(ADR)が不調に終わったりして民事訴訟に発展するケースがあるなど、手続きの長期化が迅速な救済の道を阻む。国や東電の賠償責任を問う集団訴訟も全国で続く。専門家は「司法のいち早い統一判断が必要」とする。

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 相馬市出身の佐藤勝十志さん(60)は原発事故直後、放射線に関する情報が錯綜(さくそう)する中で弟が住んでいた滋賀県栗東市に母、妻、長女と共に身を寄せ、現在も同市で暮らす。

 東電に賠償を求めるに当たり、初めはADRに頼ったが、和解案は請求額の三割にとどまった。「納得がいかなかった」と当時の心境を語る。その後、集団訴訟の原告団副団長に就いた。二〇一三(平成二十五)年九月に大阪地裁に提訴してから約七年以上戦い続けているが、いまだに地裁での審理が続く。二〇一八年には一緒に避難した父親を亡くした。仕事の都合で福島との二重生活を続ける中、自身も脳梗塞を患った。

 事故から十年が経過し、原告や支援者の疲労を肌で感じるようになった。「少しでも早く納得のいく判決を勝ち取りたいと思っている。ただ、この十年間で失われてしまったものは余りに多すぎる」

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 原発事故に伴う賠償を求める方法は①東電に対する直接請求②国の原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介による裁判外紛争解決手続き(ADR)③訴訟-の三つが主だ。東電が二月二十六日までに支払った避難慰謝料や営業損害などの賠償額は計九兆七千四十七億円に上る。

 直接請求に関して、東電は国の賠償基準「中間指針」に基づき自前の基準を策定している。請求者は避難慰謝料や宅地確保資金など項目ごとに書類を作成して直接交渉する。一律の基準にのっとっているため迅速な手続きが期待できるが、指針から外れた損害は賠償されない場合もある。

 こうした指針外の損害をカバーするのがADRだ。弁護士など法律の専門家が仲介委員として東電と被災者の間に入り、和解案を提示する。これまでの申し立てや和解の状況は【表】の通り。

 申し立て件数は二〇一四年の五千二百十七件をピークに減少傾向にあるが、二〇二〇(令和二)年の初回申し立ての割合は39%で前年の36・2%から増加。原発事故から十年が経過する今も一定の需要がある。

 東電は原発事故の賠償について、①最後の一人まで賠償貫徹②迅速かつきめ細やかな賠償の徹底③和解仲介案の尊重という「三つの誓い」を掲げるが、ADRを集団で申し立てた場合、和解案を拒否する傾向が目立つ。県弁護士会の槙裕康会長(49)は「これだけ大規模な集団的被害の全てを訴訟に持ち込めば司法制度は崩壊する。そのためのADRなのに、事故を起こした当事者が和解案を尊重しないのは支離滅裂だ」と批判する。

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 こうした東電の対応や事故に対する国の賠償責任を問おうと、被災者らは各地の裁判所で集団訴訟を提起。これまで全ての判決で東電の責任が認められているが、国が東電に津波対策を命じる規制権限を行使しなかったことの違法性については判断が分かれている。

 二〇二〇年九月の仙台高裁判決は、原告側が「事故は防げた」と一定の立証をした場合、国と東電が「事故は防げなかった」と明確に証明しない限り、予見可能性と結果回避可能性が推認されるという考え方を採用。国の違法性を認めた。

 一方で、東京高裁のそれぞれ別の民事部が一月二十一日と二月十九日に出した判決では、政府機関が二〇〇二年に公表した地震予測「長期評価」に関する見解が真っ向から割れた。一月の東京高裁判決は、長期評価が別の基準と整合しないことから国の責任を否定。しかし、二月の東京高裁判決では「(長期評価は)相応の信頼性がある」として国の責任を認めた。

 原告からは「同じ事故で同じ立証をしているのに、なぜここまで判断が分かれるのか分からない」と戸惑いの声が上がる。

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 国の規制権限不行使の違法性を問う訴訟はこれまでにも起こされてきた。最高裁判例では二〇〇四年の筑豊じん肺訴訟や関西水俣病訴訟で国の違法性が認められている。ただ、これらは公害による重大な健康被害が発生した後の国の対応が争われたもの。原発事故が起きる前の国の対応を争う原発集団訴訟とは大きな違いがある。

 環境訴訟に詳しい福島大の清水晶紀准教授(行政法)は原発事故関連訴訟について、「裁判所は、原発事故が起きる前に、国に原発の規制権限を義務付けるほどの津波リスクがあったかどうかを判断しなければならない」と難しさを話す。「リスクを評価する知見の信頼性」「義務が生じた時期」など争点が複雑で、裁判官ごとに判断が分かれる結果になっていると分析。その上で「最高裁が統一的な司法判断をいち早く示すことで、国の被災者支援施策の転換を図る契機になる」との考えを示している。