【官製風評 処理水海洋放出】政権の「政策ミス」 拙速な判断と批判噴出

2021/04/10 09:45

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 東京電力福島第一原発で増え続ける放射性物質トリチウムを含んだ処理水の海洋放出方針を巡っては、福島県選出の与党国会議員にすら事前説明がなかった。官邸主導による一方的な政治判断に不満が渦巻く。「なぜ今なのか」「拙速な政治判断だ」。識者は「国民の理解と地元の合意形成がないままに海洋放出を強行すれば、さらなる風評被害を生じさせる。政策判断のミスと言える」と指摘する。

 七日の菅義偉首相と岸宏全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長とのトップ会談を受け、福島県選出の自民党衆院議員はいら立ちを隠し切れない。県民の多くが海洋放出を受け入れていないという感覚を肌で感じている。それなのに「身内」であるはずの官邸が、地元議員を差し置いて海洋放出の方向にかじを切った。別の与党議員も「あまりに唐突過ぎる。拙速だ」と決断のタイミングに首をかしげる。

 福島県の沿岸漁業は試験操業を終え、四月から本格操業に向けた移行期間に入ったばかりだ。漁業のみならず、県内のあらゆる産業に新たな風評被害が及ぶ可能性がある。「どんな対策を打ち出すのか分からない。支持者からの問い合わせに答えられない」と政府筋に問い合わせた与党議員もいた。

 九日の参院東日本大震災復興特別委員会で自民党の森雅子参院議員(福島県選挙区)は質疑の冒頭で「福島県国会議員、関係者に説明もなく、怒りを覚える。福島県に来て(処分方針を)説明してほしかった。どうして県民に寄り添わないのか」と政府の姿勢を正面から批判した。

 野党国会議員も当然、菅首相の判断に反発する。九日に開かれた立憲民主党の東日本大震災復興本部の会合。出席した同党の小熊慎司衆院議員(比例東北)は「政府は『国の責任で』と繰り返すが、風評被害などの影響を軽く見ている。被災地に寄り添う姿勢が全く感じられない」と断じた。別の野党議員は「政府から処分方針に関する詳細な説明が国会になく、議論が深まったとは到底思えない」と批判する。

 一方、菅首相にとってみれば、処理水問題は前政権の官房長官時代からの「目の上のたんこぶ」(政府関係者)だ。二〇一三(平成二十五)年から続く処理水問題に片を付けることで「決められる政権」としてのイメージを国民に印象付けたい思いが透ける。

 与党議員でさえ、このタイミングでの菅首相の判断をいぶかしむ背景には選挙事情がある。震災と原発事故以降、福島県などの被災地では自民党の苦戦が続いている。直近二回の衆院選では、県内五つの選挙区のうち、二つの選挙区で野党に敗北した。福島県選出の与党議員からは「衆院選の前に海洋放出を決めれば、選挙戦の争点にされる」と警戒する。

 福島県選出の閣僚経験者は、福島第一原発での処理水の長期保管が廃炉作業の遅れ、復興の足かせになるとの立地町の懸念を重く受け止めている。菅首相が海洋放出の方向性を示したことに一定の評価をしつつも「もう少し早くても良かったのでは」と悔やんだ。

 処理水処分に関する国民の合意形成が置き去りにされた状況に、処理水の処分方法に関する政府小委員会の委員を務めた小山良太福島大食農学類教授は「政府は『トリチウムは安全だから流すから』と一方的に理解を国民に押し付けることになる」と強調。国民的議論や理解醸成の取り組みが全く足りていないと指摘する。