明治期の雰囲気残る町へ 豪雨被災地も、愛媛2日目

2021/04/22 14:13

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聖火ランナーを務める伊達まりゑさん=22日午前、愛媛県内子町
聖火ランナーを務める伊達まりゑさん=22日午前、愛媛県内子町

 東京五輪の聖火リレーは二十二日、愛媛県での二日目を迎え、県中央部の砥部町を出発した。砥部町ではランナー予定者一人が欠席となり、次のランナーが2区間を走った。その後、明治時代の町並みが残る内子町を巡った。午後は二〇一八年の西日本豪雨で被災した大洲市や西予市に入る。

 砥部町では、二日目の第一走者として愛媛大付属高一年の古田瀬理奈さん(16)がトーチを両手で持って運んだ。

 古田さんの祖父は、一九六四年の東京五輪で松山市内の聖火ランナーの伴走を務め、二十二日は古田さんの走る姿を見に来てくれたという。走り終えた後の取材に「(トーチは)ずっしりと重かった」と振り返った。

 この日が十六歳の誕生日の古田さんは「祖父も(走った年齢が)十六、十七歳ぐらいと聞いているので運命に感じた。ちゃんと走れていたか聞きたい」と語った。スタッフらが誕生日を祝うボードを掲げ、歌って祝福すると、感激した様子だった。

 江戸時代の後期から明治時代にかけ、和ろうそくの原料となる木蝋(もくろう)の生産で栄えた内子町では、同町出身で西予市の養豚場で働く伊達まりゑさん(18)が聖火をつないだ。この町で一番のお気に入りという古民家が並ぶ地域を走った。

 生徒数減少で昨年四月に分校となった県立内子高小田分校の卒業生。廃校になる可能性があり「走ることで分校のPRとなり、一人でも多く入学してもらいたい」との思いで臨み、「走ったことで(分校の魅力を)アピールできたと思う」とほほえんだ。