東京電力福島第一原発事故を巡り、旧経営陣の刑事責任を問う裁判の控訴審が東京高裁で始まった。業務上過失致死傷罪で強制起訴され、一審で無罪判決を受けた勝俣恒久元会長ら三被告は二日の初公判で改めて無罪を主張した。原発事故に伴う避難が原因で肉親を失った遺族らは、一審での三被告の証言や判決内容に納得していない。高裁は事故原因と責任の所在を改めて究明してほしい。
日本の原子力事業者の安全意識を検証する歴史的裁判だ。未曽有の原子力災害は本当に防げなかったのか。十年を超えて避難生活を強いられている被災者はもちろん、風評にも苦しむ多くの県民は今なお疑問を持ち続けている。三被告は事故の当事者として公開の法廷で被災者が納得のいく説明をすべきだろう。
中でも重要なのは、東電は福島第一原発に大津波が襲来するのを予見していながら、安全対策を怠ったのではないかという点だ。一審では、東電の担当社員が国の地震予測の長期評価を踏まえ、大津波の危険性や具体的な対策を旧経営陣に伝えていたと証言した。これに対し、旧経営陣は「長期評価への意見は分かれ、根拠がないと感じた」などと説明した。現場担当者と旧経営陣の安全対策に対する認識の隔たりの背景には何があったのか。控訴審では、その点を解明してもらいたい。
一審では検察官役の指定弁護士が裁判官に現場検証を求めたが、実現しなかった。原発事故を巡る東電の株主代表訴訟では、東京地裁の裁判長らが原発事故の訴訟で初めて原発敷地内を視察した。現場に入ることは、事故の全容を把握し原因解明を進める上で大きな意義があるはずだ。控訴審を担当する裁判官も現場に足を運ぶべきではないか。
原発事故の民事裁判の判決は、いずれも東電の責任を認めている。刑事裁判は民事裁判に比べ、より厳格な立証が求められるとされる。過去の判例を見ても、企業活動に関わる事故で社員個人の刑事責任を立証するのは容易ではない。しかし、多くの被災者を出す重大事故を起こしておきながら、企業の責任の所在がうやむやに終わるとしたら、司法制度全体への不信感を招きかねない。
制度的に個人の責任追及が難しいのであれば、事故を起こした企業に罰金などを科す「組織罰」の導入を検討すべきだろう。司法関係者からも法整備を求める声が上がっている。原因企業の法的責任をはっきりさせることこそが、事故の本質的な反省と再発防止につながる。(斎藤靖)