論説

【震災11年 帰還困難の地】希望の一歩踏み出す時(3月11日)

2022/03/11 09:05

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 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の発生から十二年目にして、いまだに立ち入りが制限されている帰還困難区域に人々の暮らしが戻ってくる。大熊、葛尾の両町村は今春、双葉町は六月の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除に向け、準備が進む。帰還困難区域全体に日常を取り戻すための希望の一歩としたい。

 帰還困難区域は県内七市町村の三百三十七平方キロに設定され、県土の2・4%に当たる。南相馬市を除く六町村は除染やインフラ整備を行う復興拠点を設けた。六月の避難指示解除を目指す双葉町行政区が年初に実施した帰還困難区域の住民アンケートでは、将来的な希望も含め「戻りたい」と答えた人が48%に達した。「まだ判断がつかない」が30%、「戻らないと決めている」が22%だった。

 単純な比較はできないが、復興庁と県、町が昨年実施した住民意向調査では「戻りたい」が11・3%で、今回のアンケートでは大きく上回った。回答(回収)率も住民意向調査の47・8%に対して、アンケートは77%に上り、関心の高さを示している。大熊町の調査でも帰還したいと回答する割合が増加している。

 双葉町の場合、二年前に復興拠点の避難指示を一部先行解除、JR双葉駅周辺では帰還者向けの住宅などの建設が進む。大熊、富岡の両町も先行解除された駅周辺などでインフラ整備が行われている。帰還希望者が増えているのは、おぼろげながらも新しいマチの姿が見え始めたことが大きな要因となっているのではないか。

 さらに、避難区域が設定された十二市町村の中でも楢葉町や川内村などは通常の生活が戻ってきている。移住してきた若い世代の活動も加わり、迷っていた住民にとっても、帰還後に自分が生活している姿がイメージしやすくなったのだろう。

 とはいっても、住宅団地や商業施設、医療機関、学校など安心と暮らしの充実に不可欠な環境づくりは、まだまだこれからだ。さらに言えば、苦労の大きい帰還を選択した住民には、生きがいが持てるような職場や住民同士が交流できる場をぜひ提供したい。

 復興拠点の面積は帰還困難区域全体の一割にも満たない。残る帰還困難区域について、政府は二〇二四年度にも除染を始める。復興拠点同様、先行して居住環境を整えるモデル地域を設定し、暮らしぶりが想像できる工夫を求めたい。丸十一年となっても迷っている住民の道しるべとなるはずだ。(安斎康史)