東日本大震災・原発事故

「ようやくスタート地点」福島県大熊町の復興拠点 30日避難指示解除

2022/06/27 09:55

  • Facebookで共有
  • Twitterで共有
大野駅西口の自宅のあった場所を見つめる渡辺さん
大野駅西口の自宅のあった場所を見つめる渡辺さん

 東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域のうち、福島県大熊町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除が30日に迫る。いわき市に避難している渡辺英政さん(58)は帰還に向け、住宅の再建を進めている。「生活していく上で課題は多いが、ようやくスタート地点に立てる」と生まれ育った地で再出発する。


 避難指示が解除されるJR常磐線大野駅周辺など下野上地区は、東日本大震災と原発事故が起きるまで、商店街や学校などがあり、町の中心部だった。当時、町の人口の半数に当たる約6000人が暮らしていた。

 「何もなくなってしまって正直さみしい気持ちが強いが、新しく町ができていくわくわく感もある」。渡辺さんはさら地になった自宅跡を見つめ、複雑な心境を明かした。

 自宅は大野駅の西側にあった。渡辺家は明治時代、この地に住宅を構え、大野駅が開業すると運送業を開始し、貨物の積み込み作業をなりわいとしてきた。戦後は運送業を閉じ、酒店を営んできた。

 震災で母屋と離れ、2棟あった石蔵が損傷した。木製の看板、トロッコ用のレール、道路向かいにあった呉服用品店の風呂敷…。駅前で長く商売し、生活してきた様子が分かる品が石蔵などから見つかった。

 町内では2019(平成31)年4月、避難指示が解除された大川原地区に、町役場庁舎や約100戸の災害公営住宅が整備された。昨年には商業施設、交流施設、宿泊温浴施設が開所した。

 町は第二次復興計画で2027(令和9)年の人口目標を大川原周辺に1400人、大野駅周辺に2600人の計4000人と掲げる。

 渡辺さんは古里への帰還を考えたとき、思い出の詰まった下野上地区に自宅の建設を考えた。現在は92歳の母といわき市で避難生活を送っている。ほぼ毎週、大熊町に通い、わが家の建設の進捗(しんちょく)を確認するとともに、帰還に向けた準備を進めている。

 町は大野駅周辺や県立大野病院の跡地などに帰還者や移住者、就業者向けの住宅団地、商業施設を整備しているが、完成までには時間がかかる。高齢の母親とすぐに帰還するのは難しいと考えている。しばらくはいわき市と行き来しながら、完全に帰還する日を2年以内と想定している。

 「少しずつ町が昔のように戻ってくれればうれしい」。いつも大野駅を通過する列車を見て過ごした幼少期を思い出し、懐かしい場所での生活を心待ちにしている。