JR東日本が発行する新幹線の車内誌「トランヴェール」は毎月、管内の最新の話題や見どころを特集する。スマホを見たり、車中に仕事を持ち込んだりする人もいるが、一読すれば旅行気分は刺激される▼五月号は「南東北はクラフト酒が花盛り」と題し、福島、山形、宮城の三県で醸造されるビールや洋酒を紹介した。郡山市の酒蔵を舞台に、ウイスキー造りに挑んだ蔵人の思いを伝えた。新幹線では、途中下車とはいかないまでも、いつか足を延ばしてみるか、と思うだけでも得した気持ちになれる▼作家の沢木耕太郎さんが車内誌に連載したエッセーなど三十五編を新著「飛び立つ季節」(新潮社)にまとめて出版した。その一つの「心残り」は、会津若松市の飯盛山を訪ねたときのエピソードをつづっている。隊士の墓を詣でたのに満足し、帰京後、白虎隊記念館に立ち寄らなかったのが悔やまれたという▼<心を残しておけば、いつかまた、訪れることができる>と、沢木さんは記していた。それもまた旅の趣に違いない。ひと夏、自分の「心残り」を訪ね歩く。そんな旅路は、長く人々の悲喜こもごもを乗せてきた在来線のローカル列車が良く似合う。