
東京電力福島第一原発事故の避難者らが国や東電に損害賠償などを求めた各地の集団訴訟で、原告側弁護団が戦略の練り直しを進めている。福島(生業=なりわい=)など先行する4件の上告審で最高裁が6月、事故に対する国の責任を否定する初の統一判断を示したためだ。地裁や高裁で係争中の同種訴訟は主な争点が4件と共通し、一般に下級審は最高裁判例に拘束される。各弁護団は国の責任を認める判決を得ようと新たな論点での主張を模索。重要争点を明確に判断していない最高裁に疑問を呈し、法廷に臨む。
原発事故で帰還困難区域となった浪江町津島地区の住民約650人が国と東電に賠償や地域の原状回復を求めた訴訟は、控訴審が9月28日に仙台高裁で始まる。「各地の避難者訴訟は新たな局面に突入した」と弁護団事務局長の白井剣弁護士(63)=東京=は最高裁判決の影響を表現する。
昨年7月の地裁郡山支部判決は、国の地震調査研究推進本部が2002(平成14)年に公表し、福島県沖での津波地震の危険性を指摘した地震予測「長期評価」の信頼性を認め、国は津波を予見できたと認定。国の責任論に関しては「原告勝訴」と言える内容だ。
ただ、弁護団は一審判決の約1年後、二審開始前に示された統一判断の影響を警戒する。6月17日の最高裁判決直後から戦略の見直しに入った。
控訴審では従来訴えている、規制権限を行使して東電に津波対策を指示しなかった国の「不作為」の違法性に加え、国策で原発を推進した「作為」の違法性を追及する。十分な安全性を確保せず原発を稼働させた責任はあるはずと訴える。最高裁が判断を明示しなかった津波の予見可能性などの論点の立証にも力を割く。
白井弁護士は「最高裁判決をいかに克服するかは後続訴訟に共通する課題だろう」と他の事件の動向にも関心を寄せる。
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一方、審理が既に進行中のケースでは、新たな論点の追加や主張を大幅に軌道修正するハードルはより高い。
いわき市民約1300人が国と東電に賠償を求めた訴訟は仙台高裁での控訴審が大詰めを迎えている。10月4日と11月29日の2度の口頭弁論を経て、結審する方針が示されている。
昨年3月の一審地裁いわき支部判決は国と東電の責任を認めたものの、原告側は賠償の増額を求めて控訴した。最高裁判決を受けて主張・立証の内容を大幅に変える道も探ったが、「審理途中の方針転換は裁判官に受け入れられない」と判断して見送った。
残る弁論機会では最高裁の統一判断に触れた上で、主要建屋などの浸水対策(水密化)工事を講じれば事故を回避できた可能性が「十分にあった」との東電株主代表訴訟の判決(7月、東京地裁)を持ち出し、反論を試みる方針だ。弁護団の高橋力弁護士(47)=同=は「機会が限られる中でも最大限、効果的な主張を構築する」と力を込める。
各地の弁護団の中には最高裁判決の訴訟への影響を抑える「切り札」として、最高裁判決で三浦守裁判官が出した「反対意見」を挙げる声もある。
福島訴訟など4件の最高裁判決は、菅野博之裁判長ら裁判官4人中、3人の多数意見による結論だ。判決は国の規制権限の不行使と事故の因果関係に論点を絞り、主要な争点である長期評価の信頼性や津波の予見可能性に関する判断を避けた。
一方、元検察官の三浦裁判官の意見は各争点を詳細に検討。「経済的利益などの事情を理由として、必要な措置を講じないことは正当化されない」などの表現で国の規制権限の不行使を厳しく批判した。各訴訟の関係者からは「原告側の主張に沿った判断」との見方が広まっている。
福島訴訟弁護団事務局長の馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士(46)=東京=は三浦意見を「第二判決」と名付け、「説得力が極めて強い。本来あるべき判決」と重視する。福島訴訟は第二陣の原告約1200人が福島地裁で係争中で、9月にも追加提訴を控える。馬奈木氏は「各地の弁護団と連携を強め、『第二判決』を多数意見に変える」と意気込む。
被告の国や東電は一連の訴訟で、長期評価は信頼性が低く、津波は予見できなかったと主張。「津波対策を講じても事故は防げなかった」と一貫して訴えてきた。今後の訴訟では、最高裁による初の統一判断を後ろ盾に同様の主張を展開するとみられる。
原発事故の賠償問題を研究する大阪公立大の除本理史教授(51)=環境政策論=は、原発事故を巡る一連の集団訴訟は「国の責任を問う」という論点が共通するため、原告の訴えの内容が同一視される可能性を内包していると指摘。「三浦裁判官の反対意見や東電株主代表訴訟の判決を基に、原告側が法廷でどこまで踏み込んだ主張、立証をできるかが注目される」と今後を展望している。