3つの時代生きた気骨(10月4日)

2022/10/04 09:00

  • Facebookで共有
  • Twitterで共有

 お茶の間のテレビの前に家族が集まる。昭和の時代、金曜日の夜はプロレス中継にチャンネルを合わせた。「笑点」は日曜日の夕方の定番で、今も続く長寿番組だ。日本中を熱く燃やし、また、笑いを届けた2人が世を去った▼コブラツイスト、延髄切り、卍[まんじ]固め…。アントニオ猪木さんが闘魂をむき出しにして戦う姿にくぎ付けになった。政治の世界でも型にはまらない外交スタイルを貫く。1989(平成元)年、会津若松市で地元議員を応援中に暴漢に短刀で襲われる。しかし、翌日には記者会見で「こんなことで負けちゃいられない」と不死身の姿を見せた▼六代目三遊亭円楽師匠というよりも、楽太郎さんのほうがなじみ深いかもしれない。若くして笑点に登場し、桂歌丸師匠との毒舌対決が名物だった。先に他界した歌丸さんに「楽さん、ちょっと早く来すぎやしないかい」と突っ込まれている様子が浮かんでくる▼震災と原発事故発生後、復興支援で県内を訪れた際は、被災者らに闘魂を注入し、落語を通して寄り添った。晩年は共に病魔と闘う姿を隠さなかった。痛々しくも見えた姿に今、戦後からの三つの時代を生き抜いた昭和の気骨を思う。