論説

【海洋放出の賠償】風評防止が最優先だ(10月20日)

2022/10/20 09:28

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 東京電力は福島第1原発の処理水海洋放出で風評被害が発生した場合の賠償基準を、年末をめどにまとめる。関係団体の意見を真摯[しんし]にくみ取り、請求者に寄り添った仕組みにすると同時に、風評防止に向けた万全の対策を講じるべきだ。

 今月公表した検討状況の中間報告によると、風評被害の有無は、東電が公的データを基に対象地域と全国の価格などを比較して判断する。風評が認められた場合は、海洋放出の前後の価格差などを基に損害額を算出する。これまでは被害を受けた事業者が証明書類などを提出しなければならず、負担が大きいとの指摘があった。提示した手法においては、被害状況を立証する事業者側の手間が省け、手続きが迅速化する利点もあるという。

 とはいえ、賠償するかどうかを東電が判断する仕組みに変わりはない。賠償制度に詳しい専門家は「加害者主導の賠償であり、被害実態に合わない賠償額の算定や打ち切りが今後も繰り返されることが強く懸念される」と警鐘を鳴らす。

 風評の判定に用いるデータは、国や県が公表した統計を採用する方向で検討している。比較するのは海洋放出前年の数値という。新型コロナウイルス感染症の影響で価格や売り上げが既に減少しているデータが基準になると、損害額が実際よりも少なく算定される可能性もある。事業者側が不利にならないよう特段の配慮が求められる。

 東電は昨年8月に賠償の方向性を示し、県内外の約160団体から意見を聞いてきた。今後も継続し、基準に反映していくとしている。これに対し、県内の農林水産業関係者からは、賠償基準以前の問題として、風評を発生させないための対策を徹底すべきだとの声が上がる。

 9月の県民世論調査で海洋放出への国内外の理解は「全く広がっていない」「あまり広がっていない」との回答が合わせて5割を超えた。依然として理解は深まっておらず、国や東電の取り組みが不十分と認識する県民が多い実態が浮き彫りになった。

 国と東電が海洋放出を目指すのならば、国民の理解度をデータで示し、判断基準に用いるべきではないか。賠償で解決しようとする姿勢が先にあるとすれば、原子力行政への信頼は得られまい。海洋放出に伴う安全対策を丁寧に説明し、風評を必ず防ぐとの決意を前面に打ち出す必要がある。本県漁業の復興を後戻りさせてはならない。それが県民の願いだ。(角田守良)