
20日にまとまった東京電力福島第1原発事故を巡る国の賠償基準「中間指針」第5次追補には「指針が示す損害額はあくまで目安であり、賠償の上限ではない」と記された。東電にくぎを刺す姿勢を鮮明にした背景には、原子力損害賠償紛争解決センターによる裁判外紛争解決手続き(ADR)などで過去に東電が指針から外れた賠償を認めてこなかった経緯がある。東電は指針を守り、誠実に賠償を行うことが求められる。
東電の小早川智明社長は20日に永岡桂子文部科学相や太田房江経済産業副大臣と面会。1月に追加賠償の手続きを公表する意向を示し、「指針が賠償上限との考え方はない」と述べた。ただ、新指針などに基づく追加賠償は少なくとも約148万人に関係し、賠償費用はそれだけ膨らむ。指針に明示されなかった損害についても「個別具体的な事情に応じ、相当因果関係のあるものは全て賠償対象」との指針の趣旨がどの程度、尊重されるかは不透明だ。
「新指針では事故当時に感じた被ばくの恐怖や不安への賠償が一部地域で認められたが、他の地域の住民も同じ思いをした」。福島県相馬市でスーパーを営む中島孝さん(66)は福島(生業=なりわい=)訴訟の原告団長として国と東電に賠償を求めてきた。確定した仙台高裁判決は県南・会津に加え、宮城県丸森町や栃木県那須町の原告まで救済を広げた。「指針が目安を示していない被害にも、実態に応じて賠償すべきだ」と求める。
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被災者が賠償を求める手段には、東電への直接請求や紛争解決センターへのADR申し立て、訴訟がある。ADRでは、被災者と東電に示した和解案を東電が拒んだための打ち切りが40件を超える年もあった。2014年の5217件を境に減っていた申し立て件数が昨年は1144件と前年比約280件増えた。申し立て状況からも、現在も賠償に納得しない被災者の姿が浮かぶ。
紛争解決センターの古谷恭一郎室長は「問題提起していた増額理由や目安額などが指針に反映された。ADR実務に与える影響は大きい」と見直しを評価する。東電に被災者に寄り添う対応を促すとともに、利用手続きの周知に努める構えだ。
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中間指針を巡っては被災者や自治体から被害の実情に即した見直しを求める声が出ていたが、2013(平成25)年12月の第4次追補を最後に大きな修正はされてこなかった。原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)がようやく重い腰を上げたのは、今春の「司法判断」がきっかけだった。
3月の最高裁決定で、避難者が国や東電と争う集団訴訟のうち、中間指針の基準を上回る賠償を東電に命じた7件の高裁判決が確定。原賠審は確定判決で認めた損害の類型化や、賠償制度に反映する必要性を検討するとして4月末に議論に入った。
原賠審の委員は見直し過程の8月末、大熊町などで被災者と面会。専門委員による判決の調査・分析も進めた。紛争解決センターがADRで運用する「要介護状態」や「精神・身体障害」など精神的損害の増額理由も議題に乗せた。
「判決が確定しない中で見直せば、既に行われた賠償との間で不公平を生みかねない」。原賠審の内田貴会長(東京大名誉教授)は第5次追補決定後の会見で改定まで約9年を要した事情を説明した。遅いとの批判は「承知しており重く受け止める」と語った。