
フランス出身のイラストレーター、ブケ・南口(なんこう)・エミリーさん(34)は今春、福島県大熊町で果樹営農への第一歩を踏み出した。町内に移住して東京電力福島第1原発事故の影響で使用されていない農地を借り、キイチゴの苗木などを植えて準備を進めている。将来は観光農園を目指す。地域の復興の姿などをイラストで描き、交流サイト(SNS)で発信する。「農業の再興に貢献し、地域を元気にする」と目を輝かせる。
「ちゃんと育つといいな」。2月に町内のアパートに引っ越し、町内大川原地区の土地に、試験的にキイチゴなどの苗木を植え始めた。いとおしそうな表情で見つめる。
フランスの田園地帯で生まれ、自然が大好きだった。母がハーブなどを育て、幼い頃から農業に関心を持っていた。知人の影響で日本を身近に感じていた。2008(平成20)年ごろから何度も来日し、2011年から東京都で生活を始めた。2015年に日本人男性と結婚した。
都内でフランス語教室の講師を務めていた2018年8月、福島市出身の生徒に勧められ、初めて県内を訪れた。会津地方などを巡り、自然や人の温かさに魅了された。原発事故で「危険なイメージ」を持っていたが、大きく変わった。毎年、県内を旅行するようになった。「福島にいるだけで落ち着く。ここが私の居場所」。2021(令和3)年2月に会津若松市に移り住んだ。
美しい景色に触れるうちに、営農に憧れるようになった。昨年5月、大熊町を訪れた。山々が並ぶ景色に心引かれた。町が復興へ向けて懸命に進む姿にも感銘を受けた。原発事故で住民が避難し、荒れた農地も目にした。「原発が立地するこの場所で農業を始め、悪いイメージを払拭したい」と決意し、町の紹介で約1・7ヘクタールの農地を借りた。
4月にもキイチゴやブラックベリーなどの栽培を本格的に始める。地域住民らから栽培法を教わり、試行錯誤を重ねている。果物狩りや里山の風景を楽しんでもらえるような農園にしたいと考えている。果樹の生育や町の様子をイラストで描き、SNSで世界中に届ける。「魅力を海外にどんどん伝える。農業を通して復興の現状を知ってもらうための力になりたい」。新たな挑戦に胸を躍らせる。
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大熊町は原発事故の影響で町内の耕作面積約千ヘクタールで作付けを一時休止した。2019年に避難指示が先行解除された大川原地区の約20ヘクタール(昨年11月末現在)で再開している。昨年6月に避難指示が解除された特定復興再生拠点区域(復興拠点)では、2025年度の営農再開を目指して実証栽培が進む。
移住者も徐々に増えている。原発事故発生以降、少なくとも10人以上が移住した。昨年7月に移り住んだ近藤佳穂さん(28)はエミリーさんの友人。出張バーテンダーやバリスタとして町内のイベントなどに参加している。「さらなる復興には若い力が必要。移住者が地域を盛り上げていきたい」と話している。