東京電力福島第1原発にたまり続ける放射性物質トリチウムを含む処理水について、海洋放出に向けた政府、東電の動きが活発化している。政府は夏ごろまでの放出開始を目標としており、月末にも公表される国際原子力機関(IAEA)の安全性に関する包括報告書をよりどころに、日程ありきで準備が進んでいるように映る。
西村康稔経済産業相は10日、福島、宮城、茨城3県の漁業関係者と意見交換した。福島県漁連の野崎哲会長は「放出反対は変わらない」と、改めて反対を表明した。政府は「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」としているが、いまだ平行線をたどる議論の中で、海洋放出の判断ができるのだろうか。
西村経産相が宮城、茨城の漁業者と会談するのは初めてだったという。福島同様に反対の意思が示された上、「何をいまさら」といった反応もあったようだ。切羽詰まっての実績づくりと受け止められても仕方あるまい。
一方、東電は海底トンネルを通じて原発の沖合1キロからの海洋放出に向けた作業を着々と進めている。12日にはポンプの性能確認など設備の試運転を開始した。2週間ほどかけて設備に問題がないか調べ、月末までの関連工事完了を目指している。政府、東電双方の活発な動きは、IAEAの包括報告書を見据えているのは間違いない。
IAEAは包括報告書の作成のため、調査団を福島第1原発に派遣した。すでに、東電による処理水の放射性物質の測定精度やサンプルの採取手順、分析方法を高く評価する報告書を出している。海洋放出の計画全体の評価も盛り込んだ包括報告書も「適切」と判断される可能性が極めて高いとみられる。
包括報告書は処理水の安全性を補強する最大の材料だ。風評の拡大を抑える役割も期待できる。懸念を拭い切れない地元としては、世界最高水準の第三者機関が与えてくれる「お墨付き」を県民、国民、そして世界に広く、厚く発信するよう求めたい。
理解醸成には時間を要する。IAEAのグロッシ事務局長は7月上旬に来日し、岸田文雄首相に報告書の内容を説明するというが、それが放出のゴーサインではないと認識すべきだ。(安斎康史)