芥川龍之介の「河童忌」は7月24日、三島由紀夫の「憂国忌」は11月25日…。名を残した作家には、それぞれをしのぶ文学忌がある。太宰治の「桜桃忌」は今月19日。東京・三鷹の墓前にファンが集う▼「桜桃」と題する短編小説から名付けられた。主人公は自分自身。妻と7歳の長女、4歳の長男、1歳の次女との気詰まりな暮らしが描かれている。未来の暗示と読める。<私は疲労によろめき、お金の事、道徳の事、自殺の事を考える>。気晴らしに出かけた酒場でサクランボが出て、空想が家族に及ぶ▼ぷりぷりとした畑の赤いルビー。「果樹王国福島」の先陣を切って、収穫期を迎える。残念ながら、今年は不作が見込まれているという。福島市では「例年の7割も減る」と、うなだれる農家がいる。物価高の折、値段が上がってしまうのが心配だ。食卓に上る機会も少なくなるのか▼太宰家でサクランボはぜいたく品だった。先の小説で、持って帰ったら子どもは喜ぶだろう。自分はまずそうに食べて種を吐くだろうと、不和をにじませる。今年の貴重な一粒は、何を運んでくるのだろう。温かな家族のだんらんであってほしい。悲運の文豪とは生涯、縁遠かった。<2025・6・7>