論説

【東電株主代表訴訟】被災者の思いどこに(6月7日)

2025/06/07 10:00

  • Facebookで共有
  • Twitterで共有

 東京電力福島第1原発事故を巡る株主代表訴訟の控訴審判決で、東京高裁は一審判決を覆し、旧経営陣の賠償責任を否定した。刑事裁判では今年3月に無罪が確定している。民事裁判でも個人の法的責任が否定された結果に、「被災者の思いがないがしろにされた」との感は否めない。過酷事故に対する個人の責任の所在が曖昧なままでは、全国で進む原発再稼働の動きに国民から理解を得られるかどうか疑問が残る。

 控訴審は一審に続き、旧経営陣が巨大津波の襲来を予見し、事故を防げたかどうかが主な争点となった。2022(令和4)年7月の東京地裁判決は長期評価に信頼性を認め、東電は巨大津波の可能性を予見できたと認定した。原発の主要建屋などが浸水しないような対策を講じていれば「事故を防げた可能性は十分にあった」として、旧経営陣4人に計13兆3210億円の賠償を命じ、双方が控訴していた。

 控訴審判決では、旧経営陣に10メートルを超える巨大津波が襲来する切迫感や現実感を抱かせる事情はなかったとし、「予見可能性があったとは認められない」として、株主側の訴えを退けた。一方、最大で16万人超が避難を余儀なくされた事故の賠償責任は電力事業者の東電にあるとした。

 個人でなく組織の瑕[か]疵[し]を認める判断が下されたが、組織の意思決定を担うのは常に経営陣という個人であることを踏まえれば、煮え切らない中途半端な結論とも映る。巨大津波の予見可能性を否定し、旧経営陣の刑事責任を認めなかった最高裁に近い司法判断となった。

 判決が言い渡された6日は、運転開始から60年を超える原発の運転継続を可能とする「GX脱炭素電源法」の施行日と重なった。放射線などの影響で劣化が進む原発関連施設を長期間運転するには、不断の安全対策の徹底が欠かせない。控訴審判決は、二度と過酷事故を起こさない取り組みを事業者に求めた。各電力会社は司法の訴えを重く受け止め、対応を強化すべきだ。

 政府は脱炭素社会の実現に向け、原発の積極活用を打ち出し現在、国内で9基が審査を受けている。運転責任の徹底した明確化がなければ、国民の不安は拭えないのではないか。(渡部純)