論説

【戦後80年 沖縄慰霊の日】ともに未来考えたい(6月23日)

2025/06/23 09:07

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 沖縄県はきょう23日、太平洋戦争末期の激烈な沖縄戦の犠牲者をしのぶ「慰霊の日」を迎え、戦没者追悼式が行われる。戦後80年に当たる今年は恒久平和の誓いを世界に強く訴える節目となるが、台湾情勢を巡り現地の緊迫感は再び高まりつつある。本県は東京電力福島第1原発事故発生後、国の対応に翻弄[ほんろう]され続けてきた。安全保障という国策に苦悩し続ける沖縄に福島から思いを寄せ、ともに未来に歩む道筋を探りたい。

 沖縄戦は一般人を巻き込んだ地上戦で、日米双方の約20万人が命を落とした。「住民たちに配られていた手りゅう弾が次々に火を噴いた。辺りには血まみれになった多数の遺体」―。本紙に掲載された「戦後80年企画 あの時私は」に、米軍の侵攻を受けて起きた集団自決の生々しい証言が掲載された。現地には「本土の捨て石にされた」との意識が残り、戦下で負った住民の心の傷はいまだに癒え切ってはいないと伝わる。

 沖縄県には現在も、国内にある米軍専用施設の面積の約7割が集中している。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設は、県側の反発をよそに工事が続く。賛否を巡り、県民同士の心が離れてしまうのが心配だ。

 一方、台湾有事に備え、政府は防衛力の強化に努めている。仮に中国との戦闘が拡大すれば、周辺住民が巻き込まれる恐れがあるとみられ、地対艦ミサイル部隊が沖縄本島に配備された。万が一の際、県民と観光客を県外に避難させる計画概要も公表された。戦争体験者からは「まるで戦前だ」と憂慮する声が聞かれるというから、切ない。

 そもそも、全国に分散していた米軍海兵隊が沖縄県内に移駐したのは、本土から隔離し、多くの国民の目をそらすためだったとする研究者の指摘もある。米兵が引き起こす事件や基地内の事故は絶えない。国際情勢が流動化する中、国全体の安全保障の在り方に幅広く考えを巡らす時期を迎えている。

 政府は原発事故に伴う除染土壌の全国での再生利用拡大を目指しているが、広く理解を醸成できるかどうか不透明さも拭い切れない。「沖縄の痛み」に触れてみれば、国策に伴うさまざまな負担を国全体で分け合う難しさに気付かされる。(菅野龍太)