【あの時の判断】前知事・佐藤雄平氏(下) 中間貯蔵受け入れ 国と対峙、苦渋の決断

2021/03/02 12:49

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中間貯蔵施設建設を巡る大熊、双葉両町長との会談で、県の考えを示した佐藤知事=2014年8月30日
中間貯蔵施設建設を巡る大熊、双葉両町長との会談で、県の考えを示した佐藤知事=2014年8月30日
国との度重なる協議を経て整備された中間貯蔵施設。除染土壌などの搬入が進む=2019年2月23日
国との度重なる協議を経て整備された中間貯蔵施設。除染土壌などの搬入が進む=2019年2月23日

 「苦渋の決断だが、建設を容認したい」

 二〇一四(平成二十六)年八月三十日、福島市の杉妻会館で会合に臨んだ後、佐藤雄平前知事は報道陣と向き合い、苦しい胸の内を明かした。

 東京電力福島第一原発事故で発生した除染土壌などを保管する中間貯蔵施設の建設を、県として受け入れる判断を下した。双葉郡の首長らが方針を了承したのを受け、「一つの大きなヤマ場を越えた」と感じたとも話した。ただ、「双葉郡の皆さんにとっては相当大変な判断だったと思う」とおもんぱかる。県としての決断に至るまでに、双葉郡をはじめ県全体へのさまざまな思いや国との駆け引きがあったことを、原発事故発生から十年を前に、福島民報社の取材で明らかにした。

     ◇     ◇

 中間貯蔵施設は二〇一一年八月、当時の菅直人首相が県庁を訪れ、初めて県内への設置を提案した。会談で佐藤前知事は「突然の話で非常に困惑している」と不快感を示した。県から明確な回答を国に示していないにもかかわらず、震災から一年となる二〇一二年三月には、国が双葉郡内への分散設置を提案するなど、建設に向けた動きが具体化していった。

 原発事故後、県内の除染で生じた大量の土壌などは仮置き場に集約されたり、民家の庭や校庭などの地中に保管されたりしていた。発生量が日増しに増える中、県内首長の間でも除染廃棄物の集約の話が出てきた。佐藤前知事は「暗黙のうちに他の町村長は双葉郡に頭を下げてお願いするという雰囲気だった」と当時を思い返す。

 一方で、自分の心の中にも、行き場のない除染廃棄物が詰まった黒いフレコンバッグを見るたびにある思いが強くなった。「福島の農林水産業、観光業のことを考えると、除染した土が置かれたままになっている現状では、福島のなりわいが消滅してしまうのではないか」。地元住民との対話を重ね、内堀雅雄副知事(当時)らと地元首長らと向き合う時間を惜しまなかった。

 県内建設に向けた検討の前提として国が真摯(しんし)に地元の要望に向き合うことを求め、そうでない場合は対峙(たいじ)する姿勢を崩さなかった。

 建設地を国有化するに当たっての価格設定については、当初から中央の官僚らと地方の感覚のずれを感じ、国に対して意見し続けた。「国は事業を簡単に考えているように映った。何代も続いた土地は地域社会のつながりや文化があることを考えるべきと感じた」と振り返る。住民を思い悩みが深まる中、石原伸晃環境相と東京都内で対談した際、「福島県が困るでしょ」と建設に当たっての考えを伝えられた際には、「傷口に塩を塗られるような思い(佐藤氏)」を感じ、途中で退座した。

 建設に当たっては借地契約などの柔軟な手法や地域振興のための新たな交付金を認めるよう繰り返し主張した。国が首を縦に振らない中でも「先祖伝来の土地を手放したくない」「受け入れるためには国の恒久的な支援が必要」との地元の声を代弁し続け、地上権の設定や総額三千億円の地域振興策を国が実施するに至った。

     ◇     ◇

 中間貯蔵施設の建設を容認した二〇一四年八月末から六年半の月日が流れ、帰還困難区域以外で発生した県内の除去土壌は二〇二一年度にも輸送が完了する見通しとなった。

 今、気掛かりなのは除染廃棄物の県外最終処分の実現だ。

 国は施設の建設計画を持ち掛けた当時から三十年以内に県外へ搬出する考えを示していたが、建設受け入れに当たっては「空手形」に終わる可能性をなくさなくてはいけないと考えていた。

 法制化を国に訴え続け、二〇一四年十一月の中間貯蔵・環境安全事業株式会社法の改正に結び付け、県外搬出の担保を得た。その後、最終処分についての国民的議論は深まっておらず、除染廃棄物の行く先は決まっていない。

 「双葉郡をはじめ、本県は重い決断をして中間貯蔵を受け入れた。最終処分場を早く見つけてもらわなければ、立法化した意味がなくなってしまう」。震災十年を機に、再び国に対して真摯(しんし)な対応を求めている。


■中間貯蔵施設設置を巡る主な出来事

【2011年】

▼8月27日
 菅直人首相が県庁で佐藤雄平知事と会談、中間貯蔵施設の県内設置の意向を示す

▼12月28日
 細野豪志環境相兼原発事故担当相が施設を双葉郡に整備する意向を佐藤知事と地元首長に示す

【2012年】

▼3月10日
 細野環境相が楢葉、大熊、双葉の3町に施設の分散設置を説明。富岡町には災害廃棄物受け入れを求める

▼11月28日
 佐藤知事が現地調査の受け入れを表明

【2013年】

▼5月17日
 大熊町での調査開始

▼10月11日
 双葉町での調査開始

▼12月14日
 石原伸晃環境相らが佐藤知事と大熊、双葉、楢葉の3町長に施設の建設受け入れを要請。国有化や30年以内の県外搬出の考えなども伝える

【2014年】

▼1月27日
 楢葉町が県に対し、1キロ当たり10万ベクレルを超える廃棄物の受け入れ拒否を伝える。施設配置の再検討を要請。

▼2月4日
 県は施設の建設候補地のうち、楢葉町を外し、大熊、双葉の2町に集約する再配置案を示す

▼2月12日
 佐藤知事が施設の再配置、集約を国に要請

▼3月27日
 政府が佐藤知事の申し入れに従い、施設の集約を回答

▼5月27日
 石原伸晃環境相が地元に廃棄物の30年以内の県外最終処分を法律に明記すると初めて伝える

▼8月8日
 石原環境相と根本匠復興相は郡山市で佐藤知事と会談し、施設を受け入れた場合の総額3010億円の地域振興策を提示

▼8月30日
 県が中間貯蔵施設の建設について大熊、双葉の両町の了承を得て受け入れを正式に決定。

▼9月1日
 佐藤知事が安倍晋三首相と首相官邸で会談し、建設受け入れを伝える。安倍首相は県外最終処分の法制化など県側が求める5項目の実現に取り組む考えを示す

▼11月19日
 除染廃棄物の30年以内の県外最終処分を明記した中間貯蔵・環境安全事業株式会社法の改正案が成立

※肩書などは当時