【あの時の判断】元大熊町長・渡辺利綱氏 「復興のため決断」 中間貯蔵の建設受け入れ

2021/03/04 12:54

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中間貯蔵施設を巡る出来事を語る渡辺元町長
中間貯蔵施設を巡る出来事を語る渡辺元町長

 大熊町の渡辺利綱元町長は、東京電力福島第一原発の立地町のトップとして、数々の難しい決断を迫られた。その中でも、中間貯蔵施設受け入れが最も難しかった。

 「実は中間貯蔵という計画があるんです。大熊で受けてくれませんか」。二〇一一(平成二十三)年の原発事故後の早い段階だったという。

 ある会議終了後の控室で、環境省の要職にあった人物が口を開いた。渡辺元町長は「そんな軽い問題じゃない」と即座に断った。だが、心の中では来るべきものが来た、と感じていた。

     ◇     ◇

 菅直人首相(当時)が県庁で佐藤雄平知事(同)に中間貯蔵施設の県内設置を要請したのは二〇一一年八月二十七日のことだった。二〇一二年三月十日、政府が大熊、双葉、楢葉各町に設置する考えを示し協力を要請すると、その可否を巡る議論が本格化していった。受け入れれば、町の姿が激しく変わる。帰る場所がなくなる。町民から怒りの声が上がった。

 「(町民から意見を聞く)町政懇談会で反対が多ければ、大熊も(反対と)返事をするしかありませんよね」。町幹部から問われた。自分も反対できるならしたい。しかし、町内から出た大量の除染土壌を引き受けてくれるところが他にあるとは思えなかった。

 町政懇談会では少数だが、協力すべきとの意見もあった。ある町民は、子どもの通う郡山市の学校の校庭に除染土壌が入ったフレコンバッグが並び、運動ができないと訴えた。「そばの人から『何てことを言うんだ』とやられていたけれど…。そんなこともあって、みんないろいろ考えはあるが、復興のために最終的には受けざるを得ない、と押し切るしかないと自分で判断した」

 住民感情に十分配慮するとともに、新たな土地で暮らすことになる町民の生活を守るためにも、十分な補償の確保が特に重要だった。しかし、用地交渉を巡る環境省との協議は難航した。

 国は当初、用地の国有化方針を示し、事故前の価格を大きく割り込む補償額を提示してきた。国と東電が原子力災害の賠償金を支払ったのだから事故後の価格を元にするのが当然、という理屈だった。難色を示すと、担当者は「税金を投入する上で許されない。仮に裁判になって負けるようなことはできない」と拒否した。

 借地権の一つ「地上権」も認めるよう求めた。先祖伝来の土地を手放すのをためらう町民も少なくなかったからだ。「世代交代するときに相続手続きがうまくいかず地権者が分かれると、権利関係で苦労する」として担当者は首を縦に振ろうとはしなかった。

 こうした国の対応は「高圧的で、上から目線」と映った。一方的な理屈で用地交渉などできるはずがない。「土地の価格は安い、地上権も認めない。それでまとめられるならやればいいんだ」。いら立ちが積もり、けんか腰になることもあった。

     ◇     ◇

 二〇一四年七月になり、環境省は地上権の設定を容認。県が用地の事故前価格と補償の差額の穴埋め分などとして百五十億円の拠出、国も施設交付金のうち計八百五十億円の大熊、双葉両町への直接交付を決めると、同年八月三十日に佐藤知事が建設容認を表明。町も十二月に議会と区長会へ建設受け入れ方針を説明し、了承を得た。

 一月末現在、大熊町内では中間貯蔵施設の五つの工区に五百三十万立方メートルを超える除染土壌などが貯蔵された。「行くたびに様子が変わり、昔の面影がなくなった。やっぱり大変(な判断)だったんだなとあらためて思う」と振り返る。搬入開始から三十年内の県外最終処分が法律で定められているが、「期間としては長いようで短い。その時に土地をどう活用していくのか、今のうちから検討する必要があるのではないか」と語った。


■中間貯蔵施設を巡る主な動き

【2011年】

▼8月27日
 菅直人首相が佐藤雄平知事に中間貯蔵施設の県内設置の意向示す

▼10月29日
 環境省が工程表発表。貯蔵開始から30年以内の県外最終処分など盛り込む

▼12月28日
 細野豪志環境相兼原発事故担当相が中間貯蔵施設の双葉郡内設置を佐藤知事に要請

【2012年】

▼3月10日
 政府が双葉郡8町村との協議会で、大熊、双葉、楢葉の3町への設置に協力要請。富岡町には災害廃棄物の受け入れを求める。県外最終処分の法制化を確約

▼8月19日
 政府が大熊、双葉、楢葉各町の候補地計12カ所を示し、現地調査の協力を求める

▼8月23日
 大熊町議会が町内調査候補地での事前調査受け入れを表明

▼11月28日
 佐藤知事が建設候補地の現地調査受け入れを表明

【2013年】

▼4月23日
 環境省が大熊町内6カ所で現地調査開始

▼12月14日
 石原伸晃環境相と根本匠復興相が佐藤知事と大熊、双葉、楢葉の3町長と面会し、建設受け入れを要請

【2014年】

▼2月4日
 佐藤知事が建設候補地から楢葉町を外し、大熊、双葉両町に集約する再配置案を示す

▼3月16日
 石原伸晃環境相が用地の借地契約について「全く考えていない」と言及

▼3月27日
 政府が建設候補地を大熊、双葉両町に集約する新たな施設配置案を佐藤知事らに提示。土地貸借契約はあらためて拒否

▼5月27日
 石原環境相が大熊、双葉両町長に、廃棄物の30年以内の県外最終処分を法律に明記すると初めて伝える

▼6月16日
 石原環境相が本県側との交渉について「最後は金目でしょ」と発言、釈明

▼7月18日
 石原環境相が「地上権」の設定が可能かどうか政府内で検討していることを明らかに

▼8月8日
 石原環境相、根本復興相が佐藤知事らと懇談し、施設を受け入れた場合の総額3010億円の地域振興策を提示

▼8月25日
 佐藤知事が大熊、双葉両町長と会談し、地権者の生活再建策などとして両町に計150億円拠出する方針を伝える

▼8月26日
 石原環境相が中間貯蔵施設交付金1500億円のうち大熊、双葉両町に計850億円を直接交付する方針を示す

▼8月30日
 佐藤知事が大熊、双葉両町長と会談し、建設受け入れを表明。両町長は「知事の判断を重く受け止める」

▼9月1日
 佐藤知事が安倍晋三首相に建設受け入れを伝える

▼11月27日
 大熊町の8行政区長が建設受け入れの可否について早急に判断を示すよう、町と町議会に申し入れ

▼12月12日
 大熊町が町議会全員協議会で施設建設受け入れ方針を示し、了承される

▼12月15日
 大熊町が行政区長会で、建設容認の考えを説明


■10年を振り返って 地上権を切り札に

 渡辺利綱元町長は震災と原発事故から十年を前にインタビューに応じた。

 -中間貯蔵施設の町内建設は予想していたか。

 「ある程度はそうだ。そういう話が来るなら、最初に名前が挙がるのは大熊だと、そんな思いは持っていた」

 -双葉町も建設対象となった。

 「伊沢(史朗)町長も腹を決めていたように感じた。一蓮托生(いちれんたくしょう)だな、なんて言っていた。彼とは駆け引きなしにいろいろ相談できたので、その点は良かった」

 -候補地には当初、楢葉町も含まれていた。なぜ大熊、双葉両町だけになったのか。

 「双葉郡全体の復興を考えれば、わずかな量を楢葉町に持っていくよりも大熊、双葉両町で受け入れた方がいいと自主的に判断した。国は『不可能だ』と言っていたが、実際そうなって驚いていた」

 -環境省は当初土地の賃貸借を認めなかったが、石原伸晃大臣の「最後は金目でしょ」発言以降、態度が軟化したようにもみえる。

 「そうかもしれない。ただ、あの発言はともかくとして、石原氏は一生懸命やってくれたと思っている。『俺が大臣の時は何でも言ってくれ』と話していた。実際、倒れた墓石の修復と除染にも骨を折ってくれて、町民に喜んでもらった」

 -建設受け入れ後、町有地を提供する際は借地権の一つである「地上権」の設定を基本にした。

 「最終処分場になるのではないかと心配している人が結構いた。大きな場所を地上権で抑えておけば、国の思い通りばかりにはいかないぞ、という切り札の意味もあった。ただ、地上権を主張していた町民の中には『土地を持っていても子孫に迷惑を掛けるかもしれないから、結局売却した』というのもあった。そこはみんな複雑な思いで判断したということだ」