
技師や医師が超音波の検査器具を、あおむけになった子どもの、のど部分に軽く当てていく。甲状腺の大きさやしこりの有無を入念に確認する。二〇一一(平成二十三)年三月の東京電力福島第一原発事故に伴い、当時十八歳以下だった県民を対象に続く甲状腺検査だ。
甲状腺には放射性ヨウ素がたまりやすいとされる。一九八六(昭和六十一)年四月、旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故では事故発生の四~五年後から原発周辺で事故当時にゼロ歳から五歳だった世代を中心に小児甲状腺がんが急増した。福島第一原発事故に伴い、県内で子どもを持つ保護者らに不安が急速に広がった。
チェルノブイリのケースを踏まえ、当初、検査開始は原発事故発生から数年後になるはずだった。だが、県民感情はそれを許さなかった。七カ月後には検査が始まる。約三十八万人もの甲状腺をチェックするという世界でも類を見ない試みだった。
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「県民健康調査としての甲状腺検査がなければ、個別にさまざまな場所で検査が始まっていただろう。そうなれば混乱が生じる上に、放射線と甲状腺の関係についてまとまった結果が得られない」。検査を担う福島医大放射線医学県民健康管理センターで甲状腺検査部門長を務める志村浩己(59)=福島医大臨床検査医学講座主任教授=は意義を強調する。
時間を空けて希望者に実施し、二〇二〇(令和二)年度、既に五巡目に入った。昨年六月末までの累計で二百二人が、がんと確定、四十九人が疑いがあると診断された。有識者でつくる県民健康調査検討委員会は一巡目の結果について「放射線の影響とは考えにくい」、二巡目も「甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」と評価。チェルノブイリに比べ、県民の推計被ばく線量が低いことなどを理由とした。
チェルノブイリでは汚染された牛乳などの出荷制限措置が取られず、子どもたちの甲状腺被ばくが広がったとされる。本県では原発事故後、早い段階で原乳などは出荷停止となっている。
福島医大甲状腺内分泌学講座主任教授の鈴木真一(64)らの研究グループは、検査で見つかった甲状腺がんの細胞計百三十八人分を分析した。この結果、チェルノブイリ原発周辺で甲状腺がんとなった子どもの遺伝子異常とはパターンが異なっていたと判明した。放射線の影響が考えにくいことの裏付けの一つになるとみている。
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検査が県民に安心を与えている一方、弊害も指摘される。必ずしも治療の必要のない、がんまで見つけてしまう「過剰診断」につながるのではないかという問題だ。志村は「過剰診断になる懸念はゼロではない」としながらも、できるだけ回避できるよう方策を講じていると説明する。
県民健康調査の超音波検査による一次検査で甲状腺の結節(しこり)が発見されても、しこりが小さければ二次検査の対象とせず、二次検査でも細胞を調べる精密検査は基準に基づいて必要性を判断する。精密検査の必要がないと判断した場合、次の段階の検査を勧めない旨を丁寧に説明し、不安を抱かないよう努める。相手の状況に応じ、きめ細かく対応している。
過剰診断の懸念があっても、そのリスク以上に検査の機会を提供し続ける必要性があると志村は信じる。減ってきているとはいえ、今も一定程度、検査希望者が存在するからだ。「検査してほしい県民がいる限り、検査の機会を提供する。県民の不安に応えるのが医大の義務だ」と強調している。(文中敬称略)