

太平洋に面した海岸線から内陸に七キロほどの場所に新地町の鹿狼山(430メートル)はある。海沿いのため降雪が少なく、四季を通じて登れる里山として登山客を魅了している。
この日は梅雨空に覆われた。断続的に雨粒が降る中、麓の登山口を出発する。登り始めてすぐに登山道を彩るアジサイの群生に出会う。潤いを得て、ひときわ鮮やかさを増した紫色がまぶしい。
山の南側の樹海コースを進む。その名の通り、広葉樹と針葉樹が織りなす深い緑の森が続く。勾配は緩やかで、広々と整備された登山道は初心者にも優しい。樹林に真っ白な霧が立ち込める。今にも「山の神」が現れそうな気配が漂う。
山には伝説が残る。大昔、鹿と狼を連れた手長明神が山に住んでいた。長い手を伸ばして太平洋から貝を捕って食べ、麓に捨てたその貝が「新地貝塚」になった-と伝わる。海と山に抱かれた土地ならではの言い伝えだろう。
登山口から約40分で山頂にたどり着いた。開けた土地の一角に鹿狼神社が立つ。五穀豊穣(ほうじょう)、林業安全など、古くから信仰を集める。
山頂付近も霧に包まれていた。晴れた日には東側に太平洋の大海原を望み、新地の街並みを見渡せる。西側には吾妻小富士や蔵王山をはじめとする雄大な山並みが広がる。
多くの登山客とすれ違った。日課のように訪れる人も少なくないという。案内してくれた町企画振興課の持舘(もったて)香織さんは「幅広い年代の人が気軽に楽しめる。山は町のシンボル」と話す。ほど近い釣師防災緑地公園や海水浴場、海釣り公園と併せて巡れば、自然豊かな町の魅力を満喫できる。
有志による鹿狼山の会が10年前から草刈りなどの登山道整備に汗を流す。会長の後藤一茂さんは「登山を楽しませてもらっている恩返し。これからも環境を守りたい」と誓う。
文 鈴木 信弘
写真 古川 伊男
(次回は8月8日掲載予定)
■なすびの一言
今回は参加できませんでしたが、登りやすい山で、眺望が開けると海が見えるのが魅力です。麓に「鹿狼の湯」があり、登山後に入浴を楽しめます。