見極める目(6月5日)

2022/06/05 09:13

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 直木賞作家、永井路子さんの小説に「頼朝の死」がある。鎌倉幕府を開いた源頼朝が妻北条政子に暗殺されたという噂[うわさ]を題材に、真実とは何かを読み手に問いかける▼頼朝死去という非常時に政子や御家人の心理戦が繰り広げられる。解き明かされていくのはデマが生まれる構図だ。真実であるかどうかは、実は問題ではなく、事実であったほうが都合がいい、面白いと思う人が多いほど噂は広がる。群集心理の赴くままに嘘が本当に化ける危うさを浮かび上がらせた▼真偽不明の情報がネット上に拡散し、深刻な社会問題になっている。人を傷つけるだけでは済まない最悪の事態も相次ぐ。IT大手ヤフーは先月、ニュース配信サイトに載せるエンタメなどの一部記事に関して、読者の投稿欄を閉鎖した。誹謗中傷を防ぐのが目的という▼永井さんは自身の思いもつづっている。デマや中傷は〈情報化時代の波にのって、真実よりさらに真実らしい装いのもとに闊歩しているかもしれない〉。現代のネット社会への警告だろう。偽りの情報は都合の良さを装い、人待ち顔で跋扈する。逆に、真実が不都合ならば、陰で息を潜ませる。どちらも、注意は怠れまい。