「鬼が出るか蛇が出るか」と言っても、ざわつく政界でない。東北を代表する夏祭り「青森ねぶた」で今夏、田村市の鬼が題材となり観衆を沸かせた▼市内大越町に伝わる「鬼五郎・幡五郎」兄弟の鬼伝説だ。蝦夷征伐を進める坂上田村麻呂を迎え討って、兄鬼五郎は最期を遂げた。「お前は生き延びて、この地を守れ。わしは死んでも、鬼となって見守る」と言い残す。弟幡五郎は言いつけを守り、豊かな里づくりに励んだ。伝説は地元の誇りでもある。2人の名を冠した太鼓保存会が今も活動を続けている▼漢字の「鬼」には異種族の意がある。都の政権には、東国のさらに遠方は脅威だったか。東北の住人は同類とは思えぬ、不気味な存在と映っていたかもしれない。対する兄弟は地域への侵略を防ごうと立ち向かった。今に例えるなら、地方自治や地方創生の旗頭。時代を超えて慕われるのは、こうした背景からだろう。過疎の進む今、その志は一層輝く▼青森ねぶたには田村市の子どもが駆け付け、遠いご先祖の「晴れ姿」を見守った。勇壮な「ラッセラー」は、未来の古里をわが手で開く決意のかけ声。みちのくの短い夏に、令和の兄弟の目がきらり輝いた。<2025・9・30>