【あの時の判断】川内村長・遠藤雄幸氏 「帰村」決断の苦悩 チェルノブイリ視察、決め手

2021/03/03 12:51

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震災の教訓を踏まえて、新たな村づくりへの思いを語る遠藤氏
震災の教訓を踏まえて、新たな村づくりへの思いを語る遠藤氏
会見で「帰村宣言」をし、思いを語る川内村の遠藤村長(右)=2012年1月31日
会見で「帰村宣言」をし、思いを語る川内村の遠藤村長(右)=2012年1月31日
原発事故で住民が強制移住となり、消えた168の村の名前を記した立て札。チェルノブイリ市内の中央広場に立てられている=2011年11月4日、ウクライナ
原発事故で住民が強制移住となり、消えた168の村の名前を記した立て札。チェルノブイリ市内の中央広場に立てられている=2011年11月4日、ウクライナ

 二〇一二(平成二十四)年一月三十一日、県庁の県政記者クラブで、川内村の遠藤雄幸村長は、大勢の報道陣に囲まれる中、村への思いを語り始めた。 …