第4部 精神的損害(28) 南相馬分断を懸念 住民に「絆」育む動き

東京電力福島第一原発事故で全域が避難区域にある南相馬市小高区に4日、オープンした喫茶スペース「ひまわりカフェ」で来店者の会話が弾む。近況や地域の将来像と話題は尽きない。ただ、賠償の話になると表情が曇る。一人が「(賠償金が)もらえていいね-とか、避難区域の人は誰もが言われているんじゃないかな」と切ない思いを口にした。
カフェを運営する小高商工会女性部の部長小林友子さん(62)は同区で旅館を経営していたが、原発事故の影響で休業が続く。家族はばらばらに避難生活を送る。今は原町区の仮設住宅に身を寄せながら、旅館の隣に開店したアンテナショップ「希来(きら)」に通う。
店を切り盛りしながら復興に力を入れるが、「寂しくて涙が出るよ。お金をもらっても前の暮らしは帰ってこない」と本音が漏れる。避難生活が長引くにつれ、気が抜けたような暮らしを送る住民をたくさん見てきた。「(避難区域の中と外の人が)互いに現実を理解しなければ、南相馬はまとまっていかないと思う」と続けた。
南相馬市は小高区などに設けられた居住制限、避難指示解除準備両区域の解除目標を平成28年4月に定める。目標通りに進むと、精神的損害賠償の支払いは解除から1年後の29年3月に打ち切られる見込みだった。しかし、政府・与党の方針見直しにより、賠償はさらに1年後の30年3月まで延長される。
市内には両区域と帰還困難区域のほか、既に精神的損害賠償の支払いが終了している旧緊急時避難準備区域、旧特定避難勧奨地点などが混在する。これまでも賠償をめぐる市民間の摩擦が復興に影を落としてきた。政府・与党の方針転換は、さらに賠償額の地域格差を拡大させ、市民感情のもつれに拍車を掛けるのではないかと不安視する声がある。
市復興企画部の安部克己部長(58)は「賠償期間が事実上延びたことは、生活再建の上では利点になる」と避難者支援の効果を評価する。一方、賠償金をめぐるわだかまりについては「行政だけの力ではなかなか解決し得ない問題だ」と懸念する。
原町区の仮設住宅近くの農地でヒマワリが力強く芽吹いている。
仮設住宅の住民や地元住民らでつくる「南相馬絆で結ぶ地域づくり実行委員会」が6月に種をまいた。委員会は地元行政区が主体となって平成24年に発足した。
「避難生活があったからこそ生まれた絆だ」と実行委員長を務める大木戸一行政区長の渡部正孝さん(68)は話す。
毎年実施している種まきのほかに、毎朝の会合などに市民が集う。交流は日に日に深まる。「互いをよく知ることができれば、より良い南相馬市になるはずだ」。行政が埋められない溝を埋めるのは、一人一人の心だと信じる。