【大津波警報】避難指示届かず 拡声器海側向き

いわき市、体制見直しへ

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海側(右側)を向く拡声器=いわき市沿岸部

 3月11日の東日本大震災による大津波警報発令後、いわき市が防災無線で行った沿岸部への避難指示は拡声器が破損していたり、海側に向いていたりしたため住民に十分届いていなかったことが市や住民の話で分かった。市内では300人以上が犠牲になっており、市は情報伝達体制の見直し、強化を進める。防災意識に対する課題を指摘する声も出ている。

■「大事なときに...」

 3月11日午後3時すぎ、津波の第一波がいわき市の沿岸部を襲った。「海岸にいる方はすぐに避難してください」。市の防災無線は懸命に呼び掛け続けた。しかし、指示が聞こえなかったと証言する住民は少なくない。

 津波で大きな被害を受けた久之浜地区民の一人は「何を言っているのか分からなかった」と振り返る。同じ沿岸部に位置する豊間地区の鈴木徳夫区長(76)や小久地区の飯島香織区長(75)は防災無線を聞いていない人の多さを指摘した。

 震災による市内の死者は8日現在、310人、行方不明者は38人で、多くが津波の犠牲になったとみられている。消防などの避難の呼び掛けやサイレンにより逃げた住民はいたものの、鈴木区長は「一番大事なときに防災無線が役に立たなかった。機能していればもっと助かった人がいたはず」と唇をかむ。

■沿岸部中心81基

 防災無線の拡声器は沿岸部を中心に81基設置されている。市によると、沿岸部では、海水浴客や沿岸部の作業員への情報伝達を目的にしているため、拡声器はいずれも海側に向いていた。これにより内陸部の住民に指示が十分に伝わらなかったという。また、地震や津波で26基の拡声器が壊れて機能しなかったことも判明した。市危機管理課の黒川政彦主幹兼課長補佐は「屋外拡声の限界が分かった」と話す。

■「意識低かった」

 市は拡声器を海側だけでなく陸側にも設置したり、サイレンを同時に鳴らしたりする対策を講じることを決めた。自宅にいる市民に避難を呼び掛ける防災ラジオなど防災無線以外の手段の導入も検討するなど二重、三重の情報伝達体制を練る。

 防災計画は、そもそも国、県が防波堤や防災緑地などを整備することを前提にしている。国や県の動きを見極めながら計画の見直しも進める方針だ。

 ただ、今回の津波は防災計画が万能ではないことも突き付けた。小久地区の飯島区長は「津波に対する意識が低かったかもしれない。防災無線を整えることも大事だが、防災教育や防災訓練を繰り返し、危機意識を高めることも不可欠」と強調した。

情報伝達強化急務 まちづくりと連動

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原町区の全世帯に配備される受信機

 行政機能を地元に残す相馬、南相馬、新地の3市町も今回の津波を教訓に情報伝達体制の強化に取り組む。

■相馬市 わずか4基

 相馬市は大津波警報の発令を受け、直ちに防災無線で避難広報を始めた。しかし、約2000ヘクタールが浸水した沿岸部では、震災や津波で拡声器が壊れ、20基のうち4基しか使えない状況に陥った。

 震災の教訓を踏まえ、市は8月に復興計画をまとめ、避難路や防災拠点施設、情報通信基盤の整備などを進めている。沿岸地区やJR相馬駅前のビルなどには災害への警戒を促すサイレン5基を整備する計画だ。

 尾浜、原釜、磯部地区などでは、堤防の決壊や地盤沈下などでいまだに生活上の安全が確保できない地域がある。このため、住居の建築を制限する条例を制定し、災害危険区域を設定して「職住分離」のまちづくりも推し進める。

 震災直後は相馬消防署や市消防団も車両で住民に避難を呼び掛けた。携帯電話や一般加入電話が通信不能になった中、市の出先機関の災害優先電話や市消防団幹部などに配備していたデジタル小型無線機50台が効力を発揮したという。

■新地町 復旧急ぐ

 新地町沿岸部の浸水面積は全体の5分の1に当たる約904ヘクタールに及び、津波で流失した拡声器もある。こうした中、各世帯に配備した小型端末機が一定の役割を果たした。

 現在、復旧・新設工事を進めており、今月中には新地浄化センターや大戸浜、今泉、総合公園の4カ所で完了する。親局の補修費や移動系無線機の更新にも取り組む。

 町は総務省の支援を受け町役場と避難所、仮設住宅を無線データ回線でつなぐ工事も本格的に始める。災害で既存の無線ケーブルが断線した場合のバックアップ機能を担う。

 鴇田(ときた)芳文町企画振興課長は「津波や原発事故の教訓から『情報』は重要なライフラインであることを痛感した。今の時代はパソコンや小型情報端末でインターネットから情報を得ることも有効な手段」と期待する。

■南相馬市 避難所も被災

 南相馬市の防災計画やハザードマップは、最大6メートルの津波を想定していた。今回、市の沿岸部を襲った津波はほぼ3倍の最大17メートルとされ、防災計画に定めた津波被害時の市内16カ所の避難所は、3分の1以上の6カ所が被害に遭った。

 沿岸部にある防災無線の拡声器の電源部の一部が第1波で浸水し、機能を果たさなかった可能性もある。大津波警報発令後は警察、消防、市の広報車などに頼る部分も大きかったという。

 市民生活部の担当者は「沿岸近くの高台に避難した人も津波にのみ込まれたと聞いている。想定外の高さだったとはいえ、津波到達の情報伝達体制が十分だったか検証が必要」と指摘する。

 体制強化に向けて今後、旧小高町、旧鹿島町の全世帯に配備していた防災無線の受信機を原町区の全世帯に備える。

 今回の震災被害を想定した新しい防災計画づくりも急ぎ、地域の事業者とも連携した実効性のある被災者支援の在り方も検討する方針だ。

※防災無線
 県は地上と衛星の2系統の無線で市町村や消防本部など防災関係の178機関・団体に災害や気象情報を伝達。市町村は災害対策本部の親局などから各地に設置した拡声器などを通し、住民に情報を提供している。屋内にいる住民のために各戸に受信機などを配備しているところもある。