【防災林損壊】津波の威力抑制 「減災」効果示す

東日本大震災による大津波で、本県沿岸部の防災林に津波の威力を抑える「減災」効果があったことが分かってきた。一方で、多くの樹木が根こそぎ流されたケースもあり、民有林の損壊は約7割に上る。防災林はどのような役割を果たしたのか。津波に強い防災林をどう再生すべきなのか。震災当時を振り返り、検証する。
■奇跡
3月11日の震災発生直後、いわき市平藤間の「かんぽの宿いわき」には宿泊客を含め約40人の利用客がいた。新舞子海岸から250メートルほどしか離れていない。海岸近くでは、警察官が10メートルの津波が到達する恐れがあると叫んでいた。
総支配人の関場益次郎さん(59)は従業員に指示し、約30人の利用客をJRいわき駅やホテルから最も近い避難所の藤間中に送り届けた。残った客約10人と従業員合わせて約40人はホテルの2階以上に避難させた。間もなくホテル周辺の水田や畑に津波が押し寄せた。ホテルの5階から、横一線に白い波が迫ってくるのが見えた。
ホテルと海の間には防災林と川、沼があった。敷地内は周囲より1メートルほど高く、建物への浸水は辛うじて免れた。関場さんは「防災林を含めた地形が津波の勢いを弱める役割を果たしてくれた」と証言する。
「津波は(周囲に広がる幅約200メートルの)防災林を通過し、海岸線と並行に流れる横川で止まった」。いわき市四倉町下仁井田字須賀向の会社員根本勝則さん(58)も防災林の効果を感じた1人だ。
海岸から県道を挟んですぐの所にある自宅は国の防災林に囲まれていた。自宅前の樹林帯は幅5メートルほどあり、海岸近くにもまばらな林があった。
庭に海水が流れ込んできたが、被害は床下浸水で済み、現在も居住している。「こんなに海が近いのに、家が残っているなんて奇跡だ」と驚きを隠せない。
■被害甚大
本県沿岸では、約36キロ(約215ヘクタール)ある民有林の防災林のうち、相馬海岸(相馬市)、鹿島海岸(南相馬市)、四倉海岸(いわき市)、平海岸(同)などで合わせて約26キロ(約115ヘクタール)が津波で損壊した。全体の約7割に相当する。
最大規模の防災林は相馬市の松川浦に整備されていた。クロマツを中心とした林が立ち並び長年、高潮や防砂、塩害被害の防止に役目を果たしてきた。
だが、9.3メートル以上とされる大津波は約70ヘクタールのほぼ全域をのみ込んだ。木々をなぎ倒し、数キロ離れた水田や住宅地などに押し寄せた。「根元からむき出しになった相当数の流木が内陸に流されてきた」。松川浦沿岸の岩子地区の坂本正美区長(62)は当時を振り返る。
県は倒された防災林が津波のエネルギーを吸収し、内陸部の被災を抑える「減災」効果があったとみている。
※海岸防災林
潮害や飛砂、風害対策を主な目的に整備され、クロマツなどが植樹されている。農地や居住地を災害から守る役割を果たす。本県の海岸線の延長は163キロ。県によると、海岸防災林は東日本大震災の発生以前、民有林で約36キロ(215ヘクタール)が整備されていた。このほか、国有林の海岸防災林も点在している。
増強再生が急務 県、200メートル幅で造成へ
本県の防災林が津波に対して一定の効果があったことが国の「海岸防災林の再生に関する検討会」がまとめた中間報告で分かった。津波で木が根こそぎ流された相馬市の松川浦のようなケースでは、流木化を防ぐため、樹林帯を二重にする必要性を専門家は指摘する。
■精査必要
検討会の中間報告書によると、いわき市の新舞子海岸は7メートルを超える津波に襲われた。「林帯の背後の農地への漂流物の流入を防いだ例が報告されている」と一定の効果を確認している。
津波の1回目の波で流された車両やがれきを受け止め、2回目の波で内陸部に浸入するのを抑えていたことも分かっている。
ただ、住宅が原形をとどめたのが防災林によるものかについては「今後精査する必要がある」という注釈が付記された。
「防災林は壁ではないので海水が通過する。住宅が一部浸水したような場合、全壊を免れたと有効性を感じる人もいれば、家が水浸しになったと捉える人もいる」。独立行政法人森林総合研究所(本所・茨城県つくば市)気象環境研究領域気象害・防災林研究室の坂本知己室長は防災林だけで効果を検証することの難しさを口にする。
さらに、防災林は樹木が育たなければ、十分な機能は発揮できない。「大木を移設するのは不可能で、苗木から育てることになる。樹林帯が整うまで20年はかかるだろう」と指摘する。
■震災がれき埋設
県は被災した防災林の復旧に向け、新たに盛土した上で、従来の4倍近い200メートル幅の防災林の造成を検討している。津波や高潮に対する減災機能を大幅に強化するのが狙いで、太平洋沿岸10市町と連携し、今年度中に作業に入る。被災箇所以外の約10キロ(約100ヘクタール)の補強も検討し、平成28年度の全面復旧を目指す考えだ。
県が新たに整備する海岸防災林のイメージは、地形や堤防の高さに応じて数メートル程度盛土した上で、潮風に強いクロマツなどを1ヘクタール当たり5000~1万本植える。林の幅員は50メートルを基本に整備してきたが、今後は津波のエネルギーの低減に大きな効果があるとされる200メートル程度とすることで減災機能を高める。
盛土内には太平洋沿岸部で発生した大量の震災がれきを埋設することを想定している。ただ、東京電力福島第一原発事故で発生した放射性物質が付着している懸念があるため、慎重に検討を進める。
県内の海岸防災林の7割程度は民有地に整備されている。盛土と植栽面積の拡大には地権者の同意を得る必要がある。周辺の農地転用、用地買い上げの必要も生じるとみられる。
さらに、防災林の造成には1ヘクタール当たり5000万円程度の費用がかかる。整備は治山事業として国と県が2分の1ずつ負担するが、財政難にあえぐ国が費用を捻出し続ける保証はない。県森林保全課の担当者は「万が一に備えるためにも、防災林の機能強化は必要。だが数年後、震災のほとぼりが冷めたとしても国は事業費を確保してくれるのか」と悩ましい表情を浮かべる。