【粘土層、一気に崩落】複合的な力 作用 白河 大規模地滑り

3月11日の東日本大震災で大規模な地滑りが発生し、民家が押しつぶされた白河市葉ノ木平地区(手前)=4月21日撮影

 白河市の葉ノ木平地区で13人が犠牲となった東日本大震災による大規模な地滑りの発生から9カ月を迎える。これまでに、粘土化した大量の土砂が民家をのみ込み、迅速な救出活動の妨げとなったことが判明。地層内の水圧が上昇し、山の斜面の大崩壊につながったメカニズムも分かってきた。海底を震源とする巨大地震がもたらした大惨事を検証する。

水圧上昇も要因

■「重機はまだか」

 3月11日午後3時39分、部下を伴い現場に最初に到着した白河消防署の佐藤良夫次長(当時)は目の前を覆う土砂に言葉を失った。「人手では無理だ。重機を持ってきてほしい。自衛隊の派遣要請を」。叫ぶように消防本部に無線連絡した。

 近所に住む男性から聞き取りを進めるうちに血の気が引いた。「5世帯13人が不明」。午後6時ごろ、署員約30人が到着し、市消防団も辺見友雄団長を含め100人以上が集まってきた。生き埋めになった場合、72時間を超えると生存率が大幅に下がるとされる。「重機はまだか」。現場に焦りが広がった。

 重機の手配は難航していた。通信障害で携帯電話も固定電話も通じない。直接、目当ての会社に車を走らせた。道路は大渋滞し、バックホーを積んだトレーラーは現場手前1キロの4号国道で約1時間、足止めされた。

 市は午後5時50分、県を通じ自衛隊に出動を要請した。本格的な救出作業が始まったのは午後9時前。発生から約6時間が過ぎようとしていた。

■メカニズム

IP111203MAC000007000_00.jpg  崩壊場所は東西に長さ130メートル、最大幅は南北に100メートルで、最大推定土砂総量は13万立方メートル。海底を震源とする地震で発生した地滑りとしては極めて規模が大きいとされる。

 崩壊のメカニズムとして、抵抗力を上回る大きな力が働いて崩壊を導く「進行型」と、地盤そのものの抵抗力が揺れのため低下し、結果として崩壊する「退行型」がある。現地調査をした地盤工学が専門の梅村順日大工学部土木工学科専任講師は「2つの崩壊メカニズムがほぼ同時に働き、これほどの被害が発生したのではないか」とみる。「揺れ始めから30秒ほどが過ぎ、大きな揺れになった途端、山頂部が崩れた」との住民の証言や、斜面山頂が大きく崩れている地震発生直後の現場写真から「始めに斜面の山頂が進行型メカニズムで崩壊し、その土砂が斜面自体を刺激、斜面がブロック状に滑り落ちるような地滑りを引き起こした」と推論する。

 葉ノ木平地区は地層が含む水の量が多いことから、地震の激しい揺れで水圧が上昇し、弱い地層の破壊を引き起こしたと考えられるという。

 また、家をのみ込んだのは火山灰質粘性土と呼ばれる地層で、多くの水を吸収する性質を持ち、いったん水を吸うと非常に強い粘り気を持つ土に変わる。地層が含む水と粘土化した土砂が救出作業を阻むことになる。

※葉ノ木平の地滑り

 東日本大震災で発生し5世帯13人が巻き込まれた。白河地方広域市町村圏消防本部と警察、白河市消防団、郡山市の郡山駐屯地陸上自衛隊が救出に当たった。白河市と県は同地区の土砂の撤去と、崩れた斜面へののり面建設を計画している。市は国補助を受け、推定3万立方メートルとされる残土の撤去を担当。9月からがれきの除去を開始し、11月には本格的な土砂除去を始めた。県は緊急地滑り対策事業として市の土砂除去が終わり次第、排水路の建設とのり面整備に着手する。


救出阻んだ土砂と水 「危険箇所」在り方疑問

白河大規模地滑り

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崩落した土砂の搬出が行われている地滑りの現場=3日

 白河市葉ノ木平地区の土砂崩れの救出作業は、大量の土砂の下に何があるのかさえ全く分からず、難航を極めた。一方、同地区は土砂災害防止法に基づく県の土砂災害警戒区域ではなく、危険箇所にすらなっていなかった。危険箇所以外でも大規模な地滑りが起こり得ることを示した形で、専門家からは危険性の判断基準の在り方を問う声が上がっている。

■スコープ使えず

 白河地方広域市町村圏消防本部は、生存者発見に向けファイバースコープも準備した。しかし、粘土化したタール状の土砂がスコープが入り込むのを阻んだ。作業が進むにつれ、大量の地下水が現場付近にたまり出した。

 「粘土質の土砂のため、スコープを使った生存者の確認ができなかった。地中から噴き出す水の排出にも追われた」。救出作業に当たった薄葉義博白河地方広域市町村圏消防本部警防課長(現白河消防署長)は振り返る。

 土砂を運び出すトラックのタイヤがぬかるみにはまる事態も発生した。狭い地形で、重機を大量に投入することもできなかった。消防署員や自衛隊員らが待機し、何らかの痕跡が発見されると重機を止め、人力で掘り進めていった。市消防団も1日80人を24時間態勢で投入した。

 震災発生から約50時間後の13日午後5時ごろ、約3メートル下から最初の犠牲者2人が発見された。最後の犠牲者が発見されたのは23日の午前6時56分。震災発生から12日がたっていた。

■災害事例なし

 県県南建設事務所管内には土砂災害の危険性が高い箇所が1055カ所あるが、葉ノ木平は危険箇所に含まれていなかった。県が主要な判断基準とするのは地形と、これまで災害が発生したかの2点。葉ノ木平は地形的に問題はないとされ、過去に災害発生事例がなかった。

 現地調査を実施した茨城県の独立行政法人土木研究所土砂管理研究グループ地すべりチームの武士(たけし)俊也上席研究員は「大規模地滑りはさまざまな形状の土地で発生している」とし、「県が、危険箇所を全て把握しているとは考えにくい」と指摘する。

■遅い警戒区域指定

 県土木部砂防課によると、土砂災害防止法に基づく土砂災害警戒区域に指定されているのは県内1645カ所。警戒区域に指定されると災害情報の伝達や避難態勢などが整備される。

 一方、危険箇所でありながら、警戒区域に指定されていない箇所は県内で8689カ所に上る。県は危険箇所について順次、警戒区域への指定を進めている。ただ、指定には住民説明会で周知し測量・調査を行い、再度住民説明会で報告し市町村長の意見を求める手続きが必要となる。県の担当者は「年間200から300カ所を指定するのが精いっぱい」と現状を口にする。

 地形や災害履歴以外の新たな判断基準を設ける必要性は認めながらも「現実の作業量を考慮すると、今すぐに判断基準を改めるのは難しいのではないか」としている。