ブランド復活へ努力

イチゴを頬張る子どもを見詰める山中さん

■イチゴ狩り園を再開 相馬市の和田観光苺組合
 イチゴの甘酸っぱい香りがハウス内を包む。練乳が甘味を引き立てる。「もっと食べていい?」。相馬市の和田観光苺組合長の山中賢一郎さん(66)は、子どものはじける笑顔に目を細める。
 年明けの3日、津波の被害を逃れたハウス約50棟でイチゴ狩り園を仮オープンさせた。山中さんは多難な日々を思い返し、誓った。「相馬のブランドを必ず復活させる」

■-半数が壊滅
 イチゴ狩り園には近年、県内外から3万人余りが訪れ、市の観光事業を支えてきた。1~5月に営業し、天候に恵まれた昨年は入り込みも好調だった。春の最盛期を迎えようとしていた園を津波が容赦なく襲った。
 高台のハウスで作業していた山中さんは来園者と組合員の安否を確かめようと事務所に急いだ。来園者の避難を終え、しばらくすると海水が押し寄せた。津波が引いた後、一帯を見渡し、がくぜんとした。松川浦の近くに点在していたハウス100棟のうち半数が壊滅状態になっていた。「もうおしまいだ」。先のことは考えられず、その場に立ち尽くした。来園者とともに、組合員が全員無事だったことが唯一の救いだった。

■-揺るがぬ決意
 組合員十数人が20年余りをかけ、市のブランドに育て上げた。「このまま諦めるわけにはいかない」。震災直後の混乱が収まると、強い思いが湧いた。県内外に避難していた組合員が地元に戻り始めた4月上旬、かろうじて残ったハウスのイチゴを収穫し、自宅に設けた臨時直売所で販売を再開した。
 しかし、来園者は激減し、原発事故による風評被害で市販価格は半値になった。打つ手がないまま5月に生産を終え、多額の赤字を抱えた。見通しがつかない将来に不安もあったが、組合員の決意は揺るがなかった。「どんな結果になっても栽培を続ける」

■-新たな一歩
 今年はブランド再興を懸けた正念場だ。ただ、仮オープン後も客足は戻っていない。例年なら、週末を中心に多くの団体客が訪れるが、まだ1組だ。
 イチゴの放射性物質の検査結果をホームページで公表し、消費者へ安全安心をアピールしている。畑作から水耕に切り替えることも検討する。壊れた設備を復旧する経費には行政の補助がある。しかし、新たな技術を導入する場合、資金面の支援はない。水耕により品質が変わる心配もある。それでも活路を見いだす努力を続ける。
 震災直後も遠方から訪れた常連客がいた。「ここのイチゴが一番だ」。温かい言葉に何度も励まされた。15日に本オープンを迎える。「喜ぶお客さんが1人でもいれば、新たな一歩を踏み出せる」。山中さんは前をじっと見つめた。

【農作物被害】
 原発事故は多くの農林水産物に影響を及ぼしている。果物はイチゴだけでなくモモやナシなども大幅に値崩れした。この他、葉物野菜など出荷が制限された品目も少なくない。
 JA福島五連と農業関係団体などで構成する協議会が昨年12月27日までに東京電力に請求した損害賠償額は約456億円、受け取り総額は約404億円。請求から受け取りまで数カ月かかったり、本払いに進まないケースもあり、生産者は早期の全額支払いを求めている。