(37)命の重さ 慰謝料 遺族の嘆き 3世代家族が分散 交通費負担のしかかる

「裁判外紛争解決手続き(ADR)で母の死と原発事故の因果関係をはっきりさせたい」。南相馬市小高区の農業遠藤充人(みつひと)さん(75)は政府の原子力損害賠償紛争解決センターに死亡慰謝料などを求めて申し立てた理由を明かす。母キヨエさん=当時(93)=は東京電力福島第一原発事故に伴う避難中に死亡した。
原発事故から1年余りが経過した平成24年4月、遠藤さんは同市原町区で賠償の相談会に参加した。東京の弁護士らでつくる「原発被災者弁護団」の一員、伊藤英徳さんの説明を聞き、損害賠償の請求について考えるようになった。今年2月、センターに書類を持ち込んだ。請求額は死亡慰謝料の約2800万円を含め計約3300万円とした。
申し立て前、キヨエさんの死亡と原発事故を関係付ける証拠を整理した。キヨエさんが入院した時の診断書は「原発事故に伴う避難で肺炎を発症」と記載されている。しかし、23年9月に亡くなった際、山形県西川町の病院の医師が書いた死亡診断書の死因の欄には、「老衰」とだけ記入してあった。
南相馬市から震災関連死の認定を受け、弔慰金は受け取っているが、死亡慰謝料を東電に認めさせることができるかどうかは別問題だ。遠藤さんは「死亡診断書を盾に因果関係を否定されたら...」と不安をのぞかせる。
遠藤さんにとって死亡慰謝料を受け取るのは当然だが、それ以上にキヨエさんの死と原発事故が明確に関係していることを東電に認めさせたい一心で申し立てた。一方で、まとまったお金が欲しいのも正直な思いだ。
「母は家族の絆を誰よりも大切にする人だった」。原発事故前、遠藤さんは同市小高区の自宅で三世代同居だった。にぎやかで、笑い声が絶えなかった。自宅近くの特別養護老人ホームに入所していたキヨエさんも遠藤さんら家族の訪問を何より喜んだ。
しかし、原発事故で家族は散り散りになった。同居していた長男は相馬市に避難し、借り上げ住宅に妻と子ども2人と共に住んでいる。同じく家で暮らしていた三男は子ども1人と共に東京都に避難中だ。
絆を保とうと、相馬市の長男の家族に会いに行くにも、往復のガソリン代が家計を圧迫する。都内に避難した孫に会うため定期的に上京しているが、新幹線代を考えると足が重くなる。
生活再建がままならないまま、判決まで相当の時間を費やす民事訴訟を起こすのは避けざるを得なかった。一方でADRは比較的、早く結論が出るとされる。仲介の結果に納得できない場合は、民事訴訟できることも知った。
母親の死をめぐり、東電を相手にする決意を遠藤さんが固めるのに、そう時間はかからなかった。各地に散らばった家族の絆を守っていかなければならない。「東電には、遺族の思いも酌んでほしい。亡き母も『頑張れ』と言ってくれていると思うんだ」