第4部 精神的損害(26) 楢葉「延長」を評価 避難解除に疑問の声も

避難指示解除準備区域の楢葉町上繁岡からいわき市の仮設住宅に避難している長岡竹勝さん(63)は東京電力福島第一原発事故前、建設会社に勤める傍ら、農業を営んでいた。畑65アールと水田30アールの肥えた土が自慢だった。「荒れた畑を見るのは我慢できない」と今も農地の手入れを怠らない。
しかし、自宅前の畑に種をまこうとは思わない。「この辺りは比較的、放射線量が高い。放射性物質を含まない野菜が収穫できても、消費者は受け入れないだろう」と、風評が払拭(ふっしょく)されていない現状での営農再開を諦めている。
長岡さんは町の防犯パトロール員を務めながら、いわき市の介護施設に入所する90代の母親の世話を続ける。収入は震災前の3分の1程度。精神的損害賠償が大きな支えになっている。「賠償がなくなったら、どう暮らしていけばいいのか」と不安が付きまとう。
政府は居住制限、避難指示解除準備の両区域の精神的損害賠償を解除時期に関係なく平成30年3月まで支払い続ける方針を決めた。解除から1年後に賠償が打ち切られる従来の基準が見直された。「この夏に避難指示が解除され、来年で賠償が終わる事態は避けられた」と長岡さんは胸をなで下ろす。ただ、「いずれ賠償は切れてしまう。その時に、町は安定収入を得られる環境になっているか。考えだすと夜も眠れない。そもそも、避難の解除時期と賠償を関連付けることがおかしい」と続けた。
ほぼ全域が避難指示解除準備区域に指定された楢葉町では、解除時期をめぐる動きが慌ただしさを増している。政府は近日中に町に時期を伝える見通しだ。しかし、町議会は政府に対し、当面は解除しないよう求める。
議会は、医療機関などの環境が整わず、町民が安心して帰還できる状況にないと説明する。福島第一原発のトラブルも後を絶たず、不安は尽きない。解除によって、住民が一斉に帰還するとは考えにくい。住民帰還に向けた準備宿泊が4月に始まったが、電気のともる家は少ない。
「精神的損害賠償が延長されたことは町民の生活再建には好材料だと思う。帰町の後押しになると考える町民もいるはずだ」と松本幸英町長(54)はみる。生活環境の整備が不十分として、避難解除を疑問視する町民の意見に対しても、「条件が整えば町に戻るのではないか」と前向きに捉える。
医療施設、商業施設、住宅、働く場...。帰還した住民に「不便だ」「不安だ」「都市部での生活の方が良かった」と思わせないよう、町が克服すべき課題は多い。
「町に戻った町民が力を合わせ、魅力あるまちづくりを進めていくことが、避難し続ける町民の帰還を進める」。松本町長は、新たな賠償方針と避難指示解除が、「新生ならは」のスタートラインになると確信している。