福島をつくる(66) 第5部 酒づくり 多品種製造 多彩な味わい表現

仕込んだ酒の状態を確認する孝市

 ひんやりとした蔵にほのかな甘い香りが漂う。「おいしくなれよ」。会津坂下町の曙酒造の杜氏(とうじ)鈴木孝市(31)はタンクに仕込んだ日本酒の状態を確認しながらそっと言葉を掛ける。
 主力銘柄は「天明」と「一生青春」だ。特に「天明」の豊富なバリエーションは県内蔵元の中でも群を抜く。多品種の製造は時間と手間がかかるため、量産は難しい。それでも異なる味の酒を生み出し続けるのは「表現者」としてのこだわりと、酒づくりを楽しむ心からだ。

 曙酒造は明治37(1904)年に大黒屋酒造店として会津坂下町に創業した。「曙」と名付けられた看板商品を掲げ、会社名を現在の曙酒造に変更した。孝市の母明美(56)の実家で、代々、外部委託の杜氏制で酒づくりをしてきた。平成6年、孝市の祖父・誠の急逝を機に方針転換した。「自分たちの手でうまい酒を造る」。厳しい経営を立て直すため明美は専業主婦を返上し、夫の孝教(56)と新しい酒づくりに挑んだ。その中で生み出したのが「一生青春」と「天明」という全く性格の異なる酒だった。
 「一生青春」は再出発の意味を込めて命名した。大吟醸、吟醸、純米の3種類のみで全ての商品を火入れし、年間を通じて味が変化しないようにした。
 これに対し「天明」は食中酒を前提に、うま味、甘み、酸味のバランスを考え、一本一本の個性を大切に仕上げる。10種類のコメの使い分けをはじめ、米麴、槽(ふな)しぼり、ろ過の有無など素材や製法をさまざまに組み合わせ、商品は30種類以上にも及ぶ。今では売り上げの約7割を占める。
 日本酒のもととなる酒母造りでも乳酸を人工的に加える一般的な「速醸仕込み」に加え、自然界の乳酸菌を活用するため、手間暇がかかる「山廃仕込み」も取り入れる。切れのある酸味の速醸に対し、伸びのある山廃は燗酒(かんざけ)に映える。秋冬には体も温まる酒を楽しんでもらおうと、労を惜しまない。
 孝市は東京での会社勤めを経て、平成20年に帰郷した。蔵人として酒づくりに携わり、両親から技術と思いを受け継いだ。

 孝市が杜氏となったのは東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の起きた23年。この年、孝市はまったく新しい酒を世に送り出した。日本酒をベースにしたリキュール「snowdrop」(スノードロップ)だ。ヨーグルト味でさっぱりとした味わいに仕上がった。会津坂下町産のわせ米「瑞穂黄金」と町内の会津中央乳業のヨーグルトを掛け合わせた。アルコールや日本酒離れが進む中、日本酒に触れてもらうきっかけになってほしかった。
 地元の素材を使うのにも強いこだわりがあった。「大好きな古里を感じられる酒を造りたい」との思いからだ。会津をはじめ県内は依然として原発事故による風評に苦しむ。「おいしい酒の存在が一人から輪になって広がるように、風評も払拭(ふっしょく)したい」。孝市は酒づくりに復興を重ね合わせる。
 県内には地元で育んだコメを使った酒にこだわる蔵元もある。(文中敬称略)