(20)【第3部 県産牛を巡る事情】流通 消費者感情を忖度

「福島の牛肉は売りにくい。そう思っている流通業者は多い」。東京電力福島第一原発事故発生前から県産牛の品質にほれ込み、事故後も取り扱っている東京の仲卸業者コシヅカ社長の腰塚源一(76)が打ち明けた。
仲卸業者は市場で競り落とした枝肉をスーパーや百貨店、肉専門店、飲食店などに販売する。しかし、原発事故から七年半以上過ぎても、県産牛を避ける首都圏などの小売店は珍しくない。別の仲卸関係者は「小売店から県産牛を納入品から除外してほしいとの注文もある」と明かした。
肉牛の取引では、仲卸業者が一頭単位で競り落とす。落札した肉はロースやモモなどの部位に分けられ、必要とする取引先にそれぞれ販売される。
サーロインなどの高級部位は希少性があるため、県産牛も高級料理店などから引き合いがある。一方、大量に流通し安価な赤身肉などはスーパーなどの小売店が主要取引先となる。店側は原発事故の影響を心配する客からの苦情を避けようと県産牛を進んで棚に置こうとはしない。牛肉などの卸、小売を手掛ける郡山食肉商組合長の大沼由弘(56)=郡山市、鈴畜中央ミート専務=は「首都圏のスーパーにとって、原発事故でイメージの悪い県産牛を並べるのは“冒険”だ」と指摘する。
このため仲卸業者は、赤身肉など安価な部位の在庫を抱えないよう県産牛の仕入れを避けるようになり、価格低下につながっているのが実態だ。
牛肉は個体識別番号で産地が分かるため、スーパーなどの店頭では「国産」と表記して販売できる。首都圏の小売店の中には県産牛を安く仕入れた上で「福島」の名を伏せ、「国産」表示で売る店があるという。食味が高評価ながら安価のため、飲食店や弁当店で業務用として重宝がられている県産米と構図が似ている。
農林水産省が二〇一七(平成二十九)年度に全国の消費者を対象に初めて実施した県産農産物の実態調査で、牛肉について「福島県産のみしか取り扱いがなければ購入しない」との回答は7・9%だった。県産牛を敬遠する消費者は一割に満たないにもかかわらず、値段は原発事故以降、全国平均を下回っている。
国は今年四月、全国の小売や卸売の業者などが加盟する二百五十九団体に牛肉など県産農産物の買いたたきをしないよう通知を出した。復興庁の担当者は「流通業者が一部の消費者感情を忖度(そんたく)し、県産牛を正当に扱っていない一面がある」とみている。
ただ、国の通知に罰則はなく、どこまで実効力があるかは不透明だ。県産牛を巡る根強い風評の払拭(ふっしょく)には、流通の正常化に向けた行政主導の新たな取り組みが求められる。(文中敬称略)
=第3部「県産牛を巡る事情」は終わります。