(19)【第3部 県産牛を巡る事情】市場 競り「福島離れ」続く

牛が市場で競りにかけられる流れ
牛が市場で競りにかけられる流れ

 JR品川駅近くのビルに東京都中央卸売市場食肉市場がある。年間十三万頭もの肉牛が取引されるアジア最大の市場だ。県産牛の出荷量は毎年二万頭前後。このうち五割以上がビル内の施設で解体され、翌日競りにかけられる。

 競り場には産地別に枝肉が次々と流れてくる。待ち構える百人前後の仲卸業者や売買参加者らが大量につるされた枝肉の肩の断面をペンライトで照らし、入念に目利きする。

 東京電力福島第一原発事故発生から七年半余りが過ぎた今なお、「福島産」の順番が訪れると会場の空気は一変する。多くの業者がいなくなった。競りに参加しないという意思表示だ。「トイレ休憩ですよ」。仲卸関係者が複雑な表情でつぶやいた。


 競りでは仲卸業者と売買参加者が流れてくる枝肉を値踏みし、入札のボタンを押す。常時二、三十業者の注目を集めていた県産牛は原発事故以降、参加業者が激減した。一時は五業者ほどに減り、現在でも十業者程度とかつての盛況には程遠い。競り合いの熱気も価格も上がらない。

 県産牛の競りが始まると、場を仕切る競り人が決まって問い掛けるように場内にアナウンスする。「まだ高い(かな)?」。肉質の格付けなどを基に、例えば和牛の取引開始価格を一キロ当たり二千円と提示する。しかし、入札がないと千九百円に引き下げる。こうして他産地の同ランクの肉より低い単価から競りが始まる。全農県本部畜産部長の安達正則(58)は「福島産なら安く買いたいという空気感が市場に生まれてしまった」と指摘する。


 ブランド力や産地のイメージも競りの結果に大きく影響する。東京市場の和牛の八月の取引実績を見ると、トップクラスの「松阪牛」を擁する三重県産は一キロ当たり三千三百三十八円で全国平均の二千五百四十八円より七百九十円高く取引された。

 一方、全国の中でも比較的新しいブランドである上、原発事故で産地イメージが低下した「福島牛」は二千二百三十三円で全国平均よりも三百十五円低かった。一頭から枝肉が五百キロ取れたとすると、福島と全国平均との差は十五万七千五百円になる。

 「ブランド力の向上が最優先課題だが、原発事故のダメージを回復させるのは一朝一夕にはいかない」と安達は嘆く。

 仲卸業者らが県産牛の買い入れに積極的でないのは、高品質であったとしても、売れ残りによる損失を懸念せざるを得ない現実がある。その根源に県産品を依然として敬遠する一部の消費者感情がある。(文中敬称略)