(18)【第3部 県産牛を巡る事情】生産農家 高品質、上がらぬ価格

肥育する牛に餌を与える湯浅さん。風評払拭(ふっしょく)を願い懸命に育てる
肥育する牛に餌を与える湯浅さん。風評払拭(ふっしょく)を願い懸命に育てる

 全国的にも高品質な「福島牛」の一頭当たりの取引価格は、全国平均を下回った状態で固定化している。風評が消えず、価格が上昇しない原因はどこにあるのか。県産牛を巡る現場を追う。(文中敬称略)


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 飯豊連峰を望む喜多方市塩川町の牛舎で、鮮やかな黒毛の牛が夢中で餌を頬張っている。「大きくなれよ」。肥育農家の湯浅治(67)は我が子のように優しく語り掛けた。秋を迎え、飼料となる稲わらの確保に忙しい毎日だ。

 湯浅は肥育を始めて四十年以上のベテラン。肉質には絶対の自信がある。育てた和牛は一頭当たり百二十万円ほどで取引されていたが、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故後、六十万円と半分にまで落ち込んだ。現在は一頭当たり平均百三十万円で取引され、事故前より十万円ほど高い。だが、表情は晴れない。

 鍋物が食卓に上る機会が増える秋から冬にかけては牛肉の需要が増える。それでも「いったいいくらの値がつくのか」。不安が頭をよぎる。


 「いい肉を作り続けていれば、消費者はきっと分かってくれる」。原発事故で価格が落ち込んでも、毎年のように全国や県の枝肉品評会に出品し、入賞を重ねてきた。二〇一五(平成二十七)年には、全農肉牛枝肉共励会で最高賞を獲得した。育てた牛の取引価格が震災と原発事故前の水準を超えたのは、こうした努力のたまものだ。

 とはいえ、その基となる子牛を購入するのに一頭約八十万円かかる。後継者不足による繁殖農家の廃業に伴う子牛の減少などが原因で、かつての約二倍に跳ね上がっている。えさ代や光熱費などの経費を加えると、ほとんど儲けが出ない。

 一方、取引価格の全国平均は百五十万円ほどで推移している。湯浅が育てた牛よりも二十万円余り高い。高品質の肉を生産しても価格には思ったほどつながっていない、というのが県産牛を巡る現実だ。


 赤字が続き、経営は厳しい。東電からの賠償金で何とか乗り切っている。だが、湯浅はプロの誇りを失ってはいない。「原発事故の風評がなくなると信じ、諦めずに良質な肉を作り続けるしかない」と歯を食いしばる。

 肉牛の取引価格は仲卸業者らによる競りで決まる。市場では、事故発生後七年半余りが過ぎた今なお、県産牛に対し厳しい視線が向けられている。