戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第3部 除染(16) 安心には程遠い 「周辺一帯の除染を」

2022/02/23 12:57

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「第二親子の森」の入り口で、山木屋小緑の少年団の活動を思い起こす広野さん
「第二親子の森」の入り口で、山木屋小緑の少年団の活動を思い起こす広野さん

 川俣町山木屋地区にある「第二親子の森」は、山木屋小緑の少年団の主な活動拠点だった。少年団は豊富な自然資源を生かした先進的な活動で県内外に知られていた。森の入り口には、全国表彰を受けた際に実施した記念植樹を示す看板が掲げられている。

 四~六年生の児童が所属し、活動は多岐にわたった。スギの間伐材を加工し、学校の前庭に木材を敷いて歩ける道を作ったり、近くの高太石山の川や堀に架ける橋、餅つきに使うきねなどを手作りしたりした。キノコやタラの芽を採取し、ゴボウの葉を練り込んだ「ごんぼぱもち」を食べ、自然の大切さを学んだ。

 こうした活動は東京電力福島第一原発事故でストップした。原発事故発生前は山木屋小には三十~四十人の児童がいたが、避難区域が設定されるなどしたため子どもの数が減り、二〇一九年度から休校している。

 活動再開には、子どもたちが安全に作業できる環境が必要だ。二〇一六(平成二十八)~二〇一九年度の里山再生モデル事業では、約二ヘクタールで落ち葉など堆積物の除去や間伐が行われた。だが、空間放射線量は、国が除染の長期目標とする年間追加被ばく線量一㍉シーベルトを空間放射線量に換算した毎時〇・二三マイクロシーベルトまで下がっていない。

 育成会長の広野敏男さん(71)は子どもたちの指導に当たってきた。「原発事故さえなければ、やりたいことがまだまだあった」。活動休止で代替わりをするタイミングもないまま、三代目の育成会長を約二十年務めている。除染はされても、放射線量は下がり切っていないと感じている。「少しでも懸念があれば、子どもを山に入れるわけにはいかない」。安心には程遠い状況にため息をつく。

 モデル事業終了後も、毎年秋、自主的に散策道で下草刈りを続けている。森林全体の除染は簡単ではないと理解しているが、周辺一帯の放射線量を下げない限り、住民の安心にはつながらないと考えている。「住民が納得するまで除染するのが国の責任だ」と厳しく指摘する。

 人々が出入りする里山は起伏に富んだ場所も多い。斜面などを含めて広範囲に除染を進めるには課題もある。