戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―

【戻せ恵みの森に ―原発事故の断面―】第4部 鳥獣被害 (23) 帰還阻む一因に 「気持ちなえてくる」

2022/04/12 10:00

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イノシシに荒らされ、段ボールなどが散乱する蔵で立ち尽くす愛沢ひろみさん=富岡町小良ケ浜地区
イノシシに荒らされ、段ボールなどが散乱する蔵で立ち尽くす愛沢ひろみさん=富岡町小良ケ浜地区

 東京電力福島第一原発事故発生後、住民が避難した地域などを中心に鳥獣被害が続いている。森に宿っていた野生動物が、人の営みが絶えた場所に入り込み、民家や田畑を荒らしている。原発事故は人と動物の生活圏の境界を曖昧にした。県内の鳥獣対策の現場を追う。


 太平洋に面する富岡町小良ケ浜地区は原発事故発生後、帰還困難区域に指定された。11年の間に幅を利かせるようになったのは、イノシシやアライグマなどの野生動物だ。家が荒らされ、庭や田畑の土が掘り返されている。こういった鳥獣被害が、住民の帰還意欲をそぎ、帰還後の生活を脅かす一因になっている。

 大熊町からいわき市に避難している愛沢ひろみさん(65)はこの地区の出身で、実家が被害に遭った。2月下旬、ひろみさんは夫郁夫さん(76)の運転で、墓参りを兼ねて数年ぶりに訪れた。海に近い実家に向けて県道を走る。道沿いの民家は草木に覆われ、人の気配はない。建物の一部が壊されたり、敷地内の土が荒らされたりしている家があるのに気付く。イノシシの仕業だ。「これだけ荒らされると帰りたい気持ちもなえてくる」。ひろみさんがつぶやく。

 実家の敷地は広い。母屋や蔵、ガレージ兼作業場などが並ぶ。浜風を受けながら農作業に汗を流したり、子どもたちと花火を楽しんだりした。ただ、今は思い出の中の光景は残っていない。庭にはイノシシが入り込んで穴だらけ、蔵の中は段ボールが散乱している。母屋も小動物のふんがあちこちに落ちている。「ここ見て、イノシシが入ろうとしたんじゃない」。ひろみさんが指さした玄関ドアには、泥をこすりつけたような跡がついていた。

 小良ケ浜地区は住民帰還に向けてインフラ整備などが進む特定復興再生拠点区域(復興拠点)から外れた「白地地区」に当たる。建物の解体や具体的な除染の手法が示されていないため、被害を放置せざるを得ないという。訪問が数年ぶりになったのも、朽ちていく家を眺めるだけの現実に嫌気が差したからだ。

 既に取り壊した大熊町の自宅にもイノシシが入り込み、一時帰宅するたびに動物の死骸を見つけた。「動物に荒らされる家を見るのがつらい」。もう、人が住めるとか、住めないとかの問題ではない。富岡町の実家と大熊町の自宅、2つの家を失った。避難後に建てたいわき市の家が、ついのすみかになると思っている。

 イノシシやシカなどによる鳥獣被害は全国的な課題だが、県内では原発事故による住民の避難が、問題をより深刻化させている。