【「漂流」する9町村】古里の未来描けず 子ども離散、存続に不安
東京電力福島第一原発事故から間もなく半年が経過する中、行政機能を県内外に移した双葉郡などの9町村は依然、先の見えない漂流状態に置かれている。政府は先月、長期間にわたって帰宅できない地域が出るとの見通しを公表。避難先でコミュニティーの維持に努め、一日も早い帰還を望んでいた住民の思いは打ち砕かれた。「どこに腰を落ち着ければいいのか」「古里の町、村は存続できるのか」。未曽有の原発災害に翻弄(ほんろう)される関係者の苦悩は深まるばかりだ。
■帰る日いつ...
会津若松市庁舎内に役場機能を置く大熊町。町保健福祉課職員の菅原祐樹さん(36)は8日、野田佳彦首相の来県のニュースに見入った。「帰宅の時期を示してほしい」。しかし、野田首相から、待ち望む言葉は聞かれなかった。
町は菅原さんら若手職員をメンバーに据え、帰還後の古里の将来像を描く復興構想案をまとめている。住民アンケートでは、町内全世帯の15%に当たる約450世帯が「帰宅の日をいつまでも待つ」と回答した。
町民の郷土愛に心を震わされた職員は、先月の菅直人前首相の発言に凍り付いた。「放射線量が非常に高い場合、除染しても長期間にわたり帰宅が困難になる地域が生じる」。除染を実施する前から帰れないと断言できるのか、帰宅できないなら町の将来計画を作っても意味がない-。菅原さんは構想の素案を前に悩み続ける。
町内の関係者には、政府が県内に整備する方針を打ち出した廃棄物の中間貯蔵施設への警戒感も広がる。細野豪志環境相兼原発事故担当相はすでに方針を渡辺利綱町長らに伝えている。7日には東電の西沢俊夫社長が福島第一、第二原発内への受け入れを示唆した。
町幹部は「外堀を着実に埋められている気がする。中間貯蔵施設などができたら古里の風景も様変わりする」と危機感を強める。
■空中分解
避難生活が長引くことで、自治体が空中分解してしまう、との懸念を強める関係者は少なくない。
双葉町は夏休み中、猪苗代町で児童生徒再会の集いを開いた。全国各地に避難している中学生以下の子どもたちに参加を呼び掛け、宿泊費や交通費は全額補助した。しかし、参加したのは全558人のうち約360人と6割程度。担当者は「避難先の学校に通い、新たな生活に慣れた子どもも多いのではないか」と推察する。
町は避難者の多い自治体などに小中学校を設置する構想を持つ。しかし本県を含め18府県に住民が散らばっており、実現は不可能に近い状況だ。「このままでは、町の将来を担う子どもたちが町から完全に去ってしまう」。町教委職員は児童・生徒の名簿をめくり、表情を曇らせる。
この先、住民をどう古里に戻すのかは、各町村に共通する大きな課題だ。全村が計画的避難区域に指定された飯舘村は、早ければ来年度にも川俣町近郊に小中学校の仮設校舎を建設する方針。県内外に避難した合わせて147人の児童・生徒を呼び戻す受け皿になるよう期待する。
役場どこに 町二分 楢葉 会津か、いわきか 双葉 県内、県外平行線
東京電力福島第一原発事故で多くの住民が避難した自治体は、行政機能の中心である「役場」をどこに置くかで苦悩している。役場は住民の心のよりどころともなり、役場問題にはさまざまな思いが絡み合う。
■一長一短
気候の温暖な浜通りから雪の多い会津美里町に役場本部を移した楢葉町。町民約1000人が会津美里町をはじめ会津若松、猪苗代など会津地方の市町村で避難生活を続けている。
一方、いわき市内の仮設住宅などでは全町民の6割以上の約5000人が暮らしている。コミュニティーが分断状態にある中、「町民の数を考えた場合、いわき市の仮設住宅近くにある役場出張所を本部に格上げするべき」との意見が出ている。
これに対し、震災直後から避難者を受け入れ、住民同士の交流が芽生えた会津美里町に本部を残すべきとの声もある。
いわき市の場合、現在の出張所を本部に格上げするには施設が手狭だ。会津美里町では、雪の多い冬が待ち構える。どちらの案にも一長一短があり、草野孝町長は「すぐに判断できる環境にない。住民の意見をじっくり聞くしかない」と慎重に検討する考えを示す。
■深まる対立
役場機能をめぐり双葉町と町議会は対立を深めている。
原発事故による放射線の影響を懸念し町は双葉郡内で唯一、県外に役場機能を移した。埼玉県加須市の旧県立騎西高に設けた「役場支所」で、避難した町民約800人に行政サービスを提供している。
県内では加須市の4倍近い3100人が避難生活を送っていることから、町議会は役場機能を県内にも置くよう求めてきた。しかし、町は「組織を分割して対応するには職員数が足りない」と設置は困難との立場だ。6日になって、郡山市に役場の出張所を開設する「折衷案」を示したが、議会側は出張所ではなく機能の充実した支所を開設するよう求め、議論は平行線をたどっている。町は21日開会の9月定例議会に出張所の設置条例案を提案する予定だが、議案の行方は不透明だ。
栃木県那須塩原市に避難している無職池田美智子さん(37)は「大変な非常事態の今、役場の場所をめぐってけんかをしている場合ではない。こんなことでは、いつまでたっても故郷に戻れない」と町と町議会に対し、町民の思いと町の復興を見据えた適切な対応を訴えた。
【背景】
東電福島第一原発事故を受け政府は4月22日、同原発から半径20キロ圏内を原子力災害特別措置法に基づき立ち入り禁止の「警戒区域」に指定。区域に入った楢葉、富岡、川内、大熊、双葉、浪江、葛尾の7町村と、隣接する広野町が役場機能を県内外に移転し住民も避難した。さらに、政府は同日、年間の積算放射線量が20ミリシーベルトに達する恐れがある20キロ圏外の地域を「計画的避難区域」に指定。飯舘村は全村避難となり、役場機能を福島市飯野町に移した。