【原発事故 自主避難も賠償】範囲、対象地域は 不満、不安消えず

県内の行政、各種団体が原発事故の賠償の完全実施を求めた総決起大会。自主避難者を含め、全県民を賠償対象とするよう要望した=9月2日、東京・永田町の憲政記念館

 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は東京電力福島第一原発事故による自主避難を賠償対象に含めることで合意したが、賠償の範囲や対象地域は不透明なままだ。「生活費や交通費は賠償されるのか」「いくらもらえるんだ」。いまだ結論が出ない自主避難の賠償。自主避難を続ける住民は、いら立ちや不安を抱え、審査会と東電の対応を注視する。

■疲れ果てた

 「身も心も疲れ果ててた」。福島市の主婦(28)は自主避難先の仙台市の賃貸住宅で実情を打ち明けた。3月14日以降、1歳9カ月の長女を連れ、東京都、長野県、神奈川県と親戚宅や実家を転々とした。仙台市に来た1日まで、福島市の会社に勤務する夫(32)とは離れ離れだった。

 幼子を抱えての慣れない生活が気持ちを沈ませた。二重生活の費用や交通費、家賃、引っ越し代...。領収証がそろっているかは自信が持てず、不安が襲う。「避難に掛かった費用は全て賠償するべき」

 「しっかり賠償してほしい」。3日、東京・永田町の参院議員会館講堂で開かれた自主避難者の賠償を求める集会には、本県からの自主避難者も多数参加し、切実な訴えを口にした。

 9月2日に東京・永田町の憲政記念館で開かれた原発事故賠償の完全実施を求めた県総決起大会では「放射性物質の危険性を懸念して敬遠したくなる心理は否定できない」とし、自主避難にも費用を確実に賠償対象にする必要性を強調した。

 長引く避難生活に疲れたり、金銭的理由で自主避難先から県内に戻るケースも出ているとみられる。県教委によると、県外に転居した小中学生約9000人のうち、夏休み中に約700人が県内の学校に戻る手続きをした。

■線引き

 審査会は原発事故直後に大量の放射線被ばくを回避するために避難したケースと、一定期間経過後に健康への影響を懸念して避難したケースに2分類し、議論を進めることを決定した。「事故直後」を分ける日付は、政府が計画的避難区域などの設定を発表した4月11日か、実際に指定した同22日が候補となっている。

 秋田市に家族8人で自主避難している会社員森裕人さん(29)は避難時期による「線引き」に疑問を呈する。

 自宅は南相馬市鹿島区にあり、事故直後に一時県外に避難したが、3月下旬に自宅に戻った。「健康には影響はない」という政府発表を信じて暮らしていたが、周囲の放射線量などを知るにつれ、ゼロ歳から10歳まで6人いる子どもの健康への不安がふくれ上がった。5月に現在の場所への移転を決めた。

 「新情報が後から後から出てくるような状況の中で、悩んだ末に自主避難を決めた。政府を信じて残っていた国民がばかをみるなんておかしい」と憤りをあらわにした。

残った住民置き去り 「納得いかない」

 「本当に自主避難が賠償対象になるのか」。賠償対象となる地域の決定を先送りするなど抽象的で分かりにくい審査会の方針に、疑心暗鬼になる自主避難者も多い。

■疑心暗鬼

 須賀川市から山形県東根市に避難している主婦(33)は第三子の臨月を迎えながら、2人の子どもと避難生活を送る。自営業を営む夫(33)は自宅に残るしかなかった。

 原子力損害賠償紛争審査会の今後の議論によっては賠償対象地域から外れる恐れもある。「須賀川市は避難地域でもなく、放射線量もそんなに高くない。それでも子どものために避難したい母親の気持ちは変わらない。地域を分けないで」と訴えた。

■逃げたくても...

 中学生と小学生の子どもがいる郡山市の主婦(41)は「正直言って不安はあるが、子どもを避難させたくても状況が許さない」とため息をついた。

 東京の親類は「子どもだけでも来たらどうか」と声を掛けてくれる。しかし、子どもにも友達を含めてつながりがあり、「転校したくない」という。夫の仕事もあり、もし転校させたとしても家族は離れ離れになる。子どもへの精神的な悪影響が心配だ。「避難しても、しなくても、県民みんなが被害者なのに...」。自主避難していない住民への賠償の議論が置き去りになっていることが、どうしても納得できない。

 福島市の瀬戸孝則市長は「本当は避難したくても、事情があって避難できない住民は多い。賠償対象にするべきだ」と主張する。県もそうした層がかなりの人数に上るとみて、県内に残った場合にも精神的苦痛の存在を強調する。その上で、政府に対する緊急要望に、こう掲げた。

 「県内全域、全ての県民を賠償対象とすること」

【背景】
 賠償範囲の目安を定める文部科学省の原子力損害賠償審査会は9月21日の会合で自主避難を賠償対象に含めることで合意した。賠償対象の地域や賠償項目について、今後議論が本格化する。文部科学省によると8月末時点で、自主避難の住民は地震や津波による人も含め約3万6千人に上る。