【原発事故後の学校放射線教育】どう教えれば... 指導基準に苦慮 飯舘は全小中で導入へ

川俣中の校舎を間借りして授業を受ける飯舘村から避難している小学生。中学校も含めて村の全校で放射線教育が導入される=4日

 学習指導要領の改定で今年度から中学3年理科で放射線が取り上げられることや放射線教育の在り方をめぐり、学校関係者に戸惑いが広がっている。東京電力福島第一原発事故で状況が一変。生徒の放射線への関心が高まる中、「どこまで教えればいいのか」と悩みを抱える。一方、全村が計画的避難区域になっている飯舘村は中学3年の理科だけでは不十分とし、年度内に全小中学校の全学年の授業で放射線教育を導入する方針を決めた。

■慎重姿勢

 「言葉をよく選んで授業をしなければ」。福島市の中学校で3年理科を担当する男性教諭(49)は来年1月ごろに予定している放射線に関する授業を前に、悩ましげに話す。

 平成20年に改定された新学習指導要領には「放射線の性質と利用」の項目が盛り込まれた。東京書籍の教科書では1ページだけで、授業数としてはおおむね1~2回分しかない。

 しかし、改定当時と事情は大きく変わった。東京電力福島第一原発事故を受け、放射線に対する生徒の関心は飛躍的に高まっている。「生徒からどのくらい線量が高いと、危ないのかと質問されたらどうしようか」。今の自分には答えられない。健康に影響を与える環境放射線量の基準には異なる複数の学説があり、確定したものがないからだ。

 通常の授業では、教科書を基に内容を膨らませて生徒の理解を促す。しかし、授業内容を必要最低限に抑え、個人的な見解が入らないよう細心の注意を払うつもりだ。

 県中教研理科部会長を務める遠藤二郎飯野中校長は「生徒の放射線への関心は高く、県内の状況も踏まえ、しっかりと教えるべきだと思う。しかし、震災の影響で、研究会で議論することができず、統一した指導法をまとめられない」と現状を明かす。

■生きる知恵

 県内では、中学3年の理科だけの放射線教育だけでは不十分との指摘がある。村内の全ての小中学校で放射線教育を導入する飯舘村の広瀬要人教育長は「理科という教科の知識とは別に、生きるための知恵を教えたい」と狙いを話す。

 村教委は中学3年の理科の授業以外で、小学1年から中学3年までの授業をそれぞれ1~2回、来年3月までに行う計画だ。生活科や保健体育、総合的な学習の時間などを活用し、放射線の基礎知識や体を守るための対策などを児童・生徒の発達に応じて内容を変えて教える。来年度は本格的なカリキュラムを編成し、3回程度に増やす考えだ。

 「残念ながら児童・生徒は長期にわたって低線量の放射線と向き合っていかなければならない」。広瀬教育長は継続的な放射線教育の必要性を訴える。

■統一的な考えを

 郡山市の明健中は11月に行う1年生の理科の授業で放射線を取り上げ、校外の教員に公開する。教科書に載っている中学3年生の理科のほかに、年度内に2年生と3年生でも放射線の授業をする予定だ。

 授業を担当するのは理科の佐々木清教諭(55)。何度も東京に足を運び、専門家と話し合うなどして授業案を練った。「生徒の関心は高く、多くが学びたいと思っている。県内で放射線教育が広がってほしい」と話す。県北地方の教育関係者の1人も「放射線教育の充実は本県では避けては通れない」と思っている。ただ、どういう形で授業に取り入れるか県教委などに統一的な考えを示すよう求める。「デリケートな問題で、教員によって授業内容が偏ったり、児童生徒の不安をあおったり、逆に現状を楽観視し過ぎたりすることは公教育で許されない」と指摘する。

県教委、教員講習検討 専門家「事前の勉強必要」

■具体策見えず

 県教委は新学習指導要領で導入される中学3年理科の放射線の授業がスムーズに行われるよう、理科教員向けの講習を行うための検討に入った。

 ただ、県教育庁学習指導課の佐川正人主幹兼副課長は「講習会を開くにしても、今後、文部科学省が示す放射線教育の副読本などに基づき内容を決める必要がある」と説明。「県教委独自に指導の基準は示せない」としている。

 県は現在策定中の復興計画に、県内の学校で放射線に関する授業など理数教育拡充を盛り込む方針だが、現段階で具体策は見えていない。

 郡山市教委も小中学校の授業で今後、放射線教育を取り上げることなどを想定し、全教員向けの放射線理解講座を開く考えだ。内容については、現在選定を進めている市の放射線アドバイザーと相談して決めるという。

 一方、文科省は「地域の実態に応じた教育として、放射線教育を導入するかどうかは学校や市町村教委の判断となる」(教育課程課)とのスタンスだ。

■副読本作成を

 学校での放射線教育について、東京学芸大教員養成カリキュラム開発研究センターの三石初雄教授は「児童・生徒の理解度に応じて慎重に指導しなければならない」と指摘する。

 小学校低学年の児童らには放射線の問題は難しく、理解しないままに授業を進めると、不安を広げたり、知識の押し付けになってしまうという。「指導に当たっては教員が幅広い研究者の意見を聞くなど、事前の十分な勉強が必要」としている。さらに、文科省や県教委などが教員を交えながら副読本などを作成することを提案する。

 授業では、客観的な事実を提示するよう心掛けることも求め、「意見が分かれるようなテーマでは、それぞれの立場と意見を並列的に説明し、子どもに考えさせることも大切」とアドバイスする。

【背景】
 平成20年に改定された中学校の理科の新学習指導要領には、理数教育の充実を図るために「放射線の性質と利用」の項目が約40年ぶりに盛り込まれた。来春の本格実施を前に、今年度は移行措置として前倒しで導入されている。東京書籍の教科書では、原子力発電の核燃料から放射線が発生し、人体や作物の内部に入ると悪影響を与える場合があることを記述。また、自然界にある放射線、医療や物体内部の検査への利用などについても触れている。