美しい郷土立て直す

会議資料を見直し、地区再生を誓う佐藤さん

■福島・大波地区町会連合会長 佐藤秀雄さん(64)
 「今年も作付けできないのか」「自分が作ったコメを食べられないとは...」。年明け早々、福島市大波地区で開かれた新年会はいつもと違う会話が飛び交った。地区町会連合会長の佐藤秀雄さん(64)は自らに言い聞かせるように語った。「しっかり数値を示せば消費者は分かってくれる」

■出荷停止
 清らかな水、澄んだ空気...。市東部の山あいに広がる14の集落で、364戸が寄り添うように暮らす。約半数が稲作に励み、ホウレンソウやシイタケ、ユズなども栽培してきた。
 12年前からゴーヤーの特産化にも取り組む。地場産品を販売する「大波母ちゃん市」も催すなど地区を挙げてもり立ててきた古里を昨年秋、コメ問題が襲った。複数の農家のコメから国の暫定基準値を超える放射性物質が検出され、全戸が出荷停止になった。今年の作付けも厳しい状況だ。

■届かぬ訴え
 農業委員を務める佐藤さんは原発事故後、400回を超える会合に臨んできた。作付けを目前に控えた昨年春、農家は迷っていた。地区内の放射線量が毎時2.6マイクロシーベルトを超え、作付けしていいのか分からなかった。
 県は4月、地区内2カ所の水田の土壌を調べる方針を示した。佐藤さんは、それでは足りないと感じて声を上げた。「最低でも集落ごとに2カ所は調べてほしい」。訴えは届かなかったが、土壌に問題はないとされ、農家は稲作を始めた。
 県が実施した玄米の調査も旧市町村単位で2カ所だった。10月に県内全域のコメに安全宣言が出されるまでは、少ない抽出調査への懸念は消えなかった。
 地区内から基準値超のコメが確認され、不安が現実になったのは安全宣言から1カ月後のことだ。「このままでは収穫しても売ることができない」。佐藤さんは県や市にコメの全袋検査と土壌の詳細な調査を求めた。県が全袋検査をしたのは、その後のことだ。

■思いある限り
 新たな壁も待ち受ける。国は暫定基準値を厳しくし、コメや野菜などは500ベクレルから100ベクレルに下げる方針だ。導入されれば生産や出荷は一層厳しくなる。
 それでも佐藤さんは諦めない。市、JAなどとの会議に奔走し、安全な作物づくりの策を練る。地区内にはUターン者や退職後に移り住んだ新たな担い手もいる。原発事故直後から地元の産品を購入してくれる消費者の後押しもある。
 「ここには共に手を携え、農業を切り開いてきた歴史がある。古里の水と空気、美しい郷土を取り戻す思いが住民にある限り、大波は必ず立て直せる」。佐藤さんは前を見据えた。

【コメ問題】
 県の昨年産米の緊急調査で放射性セシウムが500ベクレルを超えるコメが確認された場合、旧市町村単位で出荷停止となる。10日現在、大波をはじめ福島、伊達、二本松各市内の旧9市町村が出荷停止となっている。
 今年産米の作付けについて農林水産省は昨年暮れ、県の緊急調査で500ベクレルを超えた旧市町村は作付けを制限する方針を示した。一般食品の基準値の厳格化に合わせ、100ベクレル超の地域の対応も検討するとした。