【第1部 安心の尺度】(5)神様が与えてくれた命 いつの日かあの家に

「この子は生まれながらにハンディを背負っている」
双葉町から栃木県那須塩原市に避難している池田美智子(39)は東京電力福島第一原発事故後に妊娠、出産した次男芳稀の未来を案じている。
「この子が結婚する時、福島県民であることを理由に遠回しに断られはしないだろうか」。そんな思いも頭をよぎる。蓄えを残してあげたいと思っているが、原発事故後に生まれた次男への賠償、支援はほとんどないのが現実だ。
平成二十四年夏、妊婦と出産後の子どもの健康状態を追跡調査する「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)に申し込もうとした。しかし、福島県の回答は「県内または指定病院でしかできません」。取り付く島がなかった。県外に避難した者への行政の対応は冷たいと感じた。
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エコチル調査は受けられなかったが、美智子は定期健診を受けている。長男の幸矢(11)も芳稀も健康診断をまめに受けさせようと考えている。
福島県は二十四年十月から十八歳以下の医療費の無料化措置を始めた。県外避難者でも住民票を異動していなければ無料になる。双葉町に行ったこともないのに「双葉町民」の芳稀も無料化の対象になっている。しかし、美智子の疑問が解消されることはない。「万が一、この子が発症した際、原発事故との関係を立証するのは難しいのではないか」
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美智子の家は東京電力福島第一原発から北西に約三・五キロの所にある。震災の一年半前に新築したばかりだった。木材業を営んでいた祖父の芳重が建材を準備し、父の清孝が建築したマイホームだ。昨年十二月に一時帰宅した際に、家の中でネズミが繁殖していた。
地震のダメージはほとんどなかったが、周辺の空間放射線量は一年十カ月が経過しようとする今も毎時一八マイクロシーベルト前後ある。住宅ローンは九割が残ったままだ。毎月七万円弱を返済し続けており、家計を圧迫している。
マイホームも、勤め先の特別養護老人ホーム「せんだん」も、父の会社事務所も、町役場も全て避難区域内にある。除染は進まず、町に戻れる見通しは全く立っていない。だが、古里への愛着は那須塩原市にいても変わらない。
幸矢は原発事故で避難して以来、双葉の地を踏んでいない。十六歳にならないと一時帰宅が許可されないからだ。幸矢は美智子にねだる。「東京ディズニーランドに行かなくてもいい。双葉町を見たい」。芳稀にもいつの日にか美しかった古里を見せたいと思っている。
さまざまな不安は今なお消えることはない。だが、子どもたちの笑顔を見ると、思わず笑みがこぼれる。「夫と二人の子どもと一緒ならどんなことでも乗り越えられる」。美智子はそう信じている。(文中敬称略)