【第1部 安心の尺度】(22)伝えたい思い 「温度差」なお根強く

東京電力福島第一原発から同心円が引かれた距離図。曲山らは原発と会津若松市の位置関係などを示すために誘致活動で活用した
東京電力福島第一原発から同心円が引かれた距離図。曲山らは原発と会津若松市の位置関係などを示すために誘致活動で活用した

 宮城県登米市の東郷小校長・佐藤孝子(57)の保護者への働き掛けは、会津若松市教育旅行プロジェクト協議会でも話題になっていた。会員から報告を受けた副会長の曲山靖男(71)にとっても、うれしいニュースだった。

 今春以降、教育旅行で会津を訪れる学校数は三百校を超える見通し。まだ震災前の半分にも満たないが、平成二十四年度の二倍まで回復しそうだ。「自分たちの教育旅行の誘致活動は確実に実ってきている」

 だが、曲山は成果を感じる一方で、放射線に対する県外との「温度差」を今なお強く感じながら、頭を下げ続けている。

    ◇    ◇

 「放射線が不安で福島から新潟に避難している人もいるのが現状です。保護者にどう理解を求めればよいのでしょうか」。昨年四月に新潟市の小学校で、男性校長に言われた言葉だ。新潟市には福島県から約二千三百四十人、会津若松市からも約二十人が避難している。校長が言うのももっともで、返す言葉が見つからなかった。

 「一人でも強くノーと言う親がいれば、候補地を変えなければいけない。保護者の賛同を得るのは難しいでしょう」。校長は、曲山らを諭すように学校側の立場を説いた。

 曲山らは、会津若松市の現状を伝える資料を使って、現在の放射線測定値や東京電力福島第一原発からの距離、放射線が人体に及ぼす影響なども丁寧に説明する。だが、資料は「安全」を示すものであっても、必ずしも「安心」をもたらすとは限らないと痛感した。

 自分も子ども三人を育て上げた。わが子を思いやる親の気持ちは痛いほど分かる。それだけに「安心」のハードルの高さをあらためて思い知らされた。

 教育旅行の誘致活動を始めて一年半がたつ。新潟市をはじめ、多くの県民が避難する都市の学校での曲山らに対する風当たりは、いまだに強い。

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 年明けの大雪で、会津若松市もすっかり雪化粧した。そんな中、地元の小中学生が白い息を吐きながら、曲山の会津慶山焼の工房前を通って学校に向かう。楽しそうに雪遊びをしながら、学校に通う子どももいる。曲山の眼下には、震災前と何一つ変わらない会津の冬景色が広がっている。

 自分たち大人も、震災以降、ずっと生活している。約十二万の会津若松市民が暮らし、当たり前のように深呼吸し、水を飲む。曲山は、目の前にある「現実」を理解してもらえないことが、歯がゆくて悔しい。

 「どうすれば学校と保護者の不安を拭えるのか」。曲山は時々、誰もいない工房で考え事をする。誘致活動を振り返りながら、答えを探そうとしている。

 「難しい問題だよ。人それぞれ感じ方や考え方が違うんだからね」。曲山はまだ、安心の尺度を測りかねている。(文中敬称略)


 =第1部「安心の尺度」は終わります=